日本旅行はこのほど、「トロッコ列車奥出雲おろち号で訪ねる『木次線ワイン&チーズトレイン』」を発売した。地元特産のワインをテーマとした「呑み鉄」ツアーだ。じつはこの企画、存廃が懸念される木次線を活性化するための奇策だという。
日本旅行は鉄道を題材としたユニークなツアーをいくつも送り出している。鉄道旅行の優良企画を表彰する「鉄旅オブザイヤー」の受賞歴も多い。2015年は「生野銀山・神子畑選鉱場跡&明延一円電車まつり 訪問の旅」とマニアックに。2014年は「SLブライダルトレイン・パッケージプラン」という夢のある企画。2013年は「北陸本線100周年記念号の旅」でグランプリを受賞、さらに「ミッドナイト撮影会 in 銚子電鉄」「広田泉さんと訪ねる南三陸の今」も特別賞だ。
最近の募集ツアーも興味深い。11月6日開催の「普段は通れない貨物線で神奈川県を走破 - 189系で行く神奈川満喫号」は、ミステリーツアー風の演出だろうか。なぜか明かされていないルートが気になる。11月17日出発の「ジパングプラザ支配人 寺田一義と行く特別企画 - これで最後!! 半家から増毛の旅」は、きっとどこかが企画するだろうとは思っていたけれど、寺田支配人の写真写りの光沢が見事。失礼ながらネタとして秀逸だ。
その一方で、意義深い企画もある。10月29日開催の「プロの写真家が教える 鉄道写真の基本 マナーアップ写真教室@ひたちなか海浜鉄道」には、くすぶり続ける「撮り鉄」のマナー問題に対して、旅行会社として真剣に取り組む姿勢を感じられる。
ところが、11月6日・11月20日の2回にわたり開催される日帰りツアー「木次線ワイン&チーズトレイン」は異色だ。他のツアーに比べて鉄道趣味成分が薄い。「奥出雲おろち号」は18年も続く伝統のトロッコ列車だ。見所といえば、木次線出雲坂根駅にある三段式スイッチバックのはず。ところが、このツアーは出雲市駅で乗車した後、木次駅で降りてしまう。木次線の魅力は、駅の蕎麦屋で知られる亀嵩駅、車窓から眺める「奥出雲おろちループ」、そしてスイッチバックで誰も異論なかろう。これらを目前にして、このツアーは列車を降り、その先は貸切バスの雲南市内周遊になる。
周遊先は奥出雲葡萄園のワイナリー見学、木次乳業のモッツァレラチーズ作り体験、木次酒造の見学と試飲だ。鉄道ツアーというより、グルメツアーになっている。「テツ分」よりもアルコール濃度が高め。裏事情を類推するなら、日本旅行の鉄道プロジェクトのS氏は、たしかにお酒の好きな方である。彼の趣味全開か、でも、彼はチーズが苦手だったような(笑)。
木次線の新たな魅力を発信する
「木次線ワイン&チーズトレイン」のパンフレットには、「協力 雲南市」の文字がある。そこで雲南市と日本旅行鉄道プロジェクトに取材してみると、どうやらこのツアーは単発で終わらせるつもりはなく、大いなる野望へのステップのようだ。
ワインを好きな人は国内外にたくさんいる。そこで、奥出雲の小さなワイナリーという希少価値を押し立てて、ワインに特化した観光列車を作りたい。夢は米国カリフォルニア州の観光地「ナパバレー・ワイントレイン」の日本版だという。
そしてこの企画の背景には、木次線の存続という深刻な問題があった。
JR西日本の木次線はおもに島根県内を走るローカル線だ。山陰本線宍道駅から分岐し、中国山地の奥へと南下して広島県の備後落合駅に至る。ローカル線の雰囲気としてピカイチの存在だけど、それは閑散路線の裏返し。JR西日本の路線別乗車人数ランキングでは、下から数えて3番目だ。ちなみに最下位の三江線は2018年春の廃止が決定した。下から2番目の大糸線のJR西日本区間は、糸魚川駅で北陸新幹線と接続するため様子見のようだ。
このままJR西日本がローカル線の足切りを進めると、次のターゲットは木次線になるかもしれない。その危機感が沿線自治体の雲南市や奥出雲町にある。折しも今年は木次線開業100周年。その記念行事を用意する一方で、今後の木次線の存続に向けた取り組みも必要になる。
そこに追い打ちをかけるように、「奥出雲おろち号」の老朽化問題が差し迫った。中古車両を使ったトロッコ列車は、出雲市・雲南市・奥出雲町・飯南町が参加する連携組織「出雲の国・斐伊川サミット」が運行を支援している。関係者によると、「3年後の車両検査で、国土交通省の法定基準を満たせるかどうか」という段階になっているという。
「奥出雲おろち号」は木次線の集客に寄与し、沿線の観光客導入に効果を上げている。それが引退となれば、木次線の危機は現実味を増してくる。そこで、将来の観光列車のあり方を模索するための試金石として「木次線ワイン&チーズトレイン」が企画された。今回はその第1歩として、「奥出雲おろち号」の指定席20席を使った少数限定企画となった。成功すれば少しずつ規模を大きくし、貸切列車や新たな観光車両を導入したいという。
次の段階は、鉄道趣味とファミリー層、若いグループに焦点を当てた「奥出雲おろち号」と、女性やシニア層に向けた食事付き観光列車の2本立て。題材はワインだけでなく、地酒と日本蕎麦、スイーツなども検討中だ。グルメトレインの新たな聖地として認知されると、広範囲な集客に期待できる。
木次線の観光列車に乗るために、特急「やくも」「スーパーまつかぜ」「スーパーおき」「サンライズ出雲」を使ってもらえたら、大都市から山陽新幹線を乗り継いでもらえたら、JR西日本全体の収益に寄与する。そうなれば、「木次線は残そう」という判断につながるはず。そんなしたたかな意図もあるようだ。
もっとも、乗って楽しむ側としては、計画された背景などは気にしないで、新しい「呑み鉄」ツアーの誕生を素直に喜びたい。鉄道趣味性は薄いけれど、逆に鉄道に関心の薄い友人、恋人、家族を誘いやすいツアーともいえる。この機会に鉄道の楽しさを多くの人々に知ってもらいたい。鉄道旅の入門編として、新たな顧客層を掘り起こしたい。日本旅行の意図はそのあたりにあるかもしれない。