スキアパレッリ・プロジェクト

スキアパレッリは、火星の地表に着陸する技術の実証を目的としている。スキアパレッリという名前は、19世紀に火星の表面を詳しく観測したことで知られるイタリアの天文学者ジョヴァンニ・スキアパレッリにちなんでいる。

本体は直径1.65mの円盤に、観測機器やアンテナなどがほぼむき出しの状態で積まれている。ただ、打ち上げから火星到着までは、この本体は直径2.4mの巨大な中華なべのような形をした殻(シェル)の中に収められ、熱や宇宙環境などから守られる。火星の大気圏突入時には、中華なべの底にあたるところにある耐熱シールドで突入時の熱に耐えた後、パラシュートを開いて降下。そして耐熱シールドを分離し、続いて地表から1.1kmのところで、シェルの中で守られていたスキアパレッリ本体が分離される。そして本体はロケット・エンジンを逆噴射させながら地表に着陸する。

着陸地点は「メリディアニ平原」と呼ばれるところで、ここは2004年にNASAの火星探査ローヴァー「オポチュニティ」が着陸した場所としても知られる。

スキアパレッリの想像図 (C) ESA

スキアパレッリの着陸の想像図 (C) ESA

打ち上げ前のスキアパレッリ (C) ESA

スキアパレッリが着陸する「メリディアニ平原」の一帯の画像。赤色の楕円に囲まれた地域の中のどこかに着陸すると考えられている (C) ESA/IRSPS/TAS-I

かつて火星探査機の着陸では、パラシュートとエアバッグがよく用いられていた。パラシュートである程度速度を落とした後、地表に結構な速さで接地。そしてエアバッグによって何度かバウンドしつつ、徐々に衝撃を吸収して落ち着く、という方法である。ただ、この方法は降ろせる機体の質量に限界があり、数百kgや数トンもあるような大型の探査機を降ろすことはできない。そこでパラシュートとロケット・エンジンを使った着陸方法が必要になった。

この着陸技術は、エクソマーズ2020で送り込まれるローヴァーの着陸でも使用されることになっており、スキアパレッリの最大の目的は技術実証にある。そのため、スキアパレッリは長期の探査活動を行うようには造られていない。たとえば太陽電池はなく、内蔵されたバッテリーの充電のみで動くため、活動できる期間は2日から9日ほどと予想されている。ただ、カメラによる地表の様子の撮影や、風や電磁場などの科学観測も行われることになっている。

以前、質量の軽い探査機が着陸する際には、パラシュートとエアバッグが用いられていた (C) NASA

その後、数百kgから1トン近くあるような大型の探査機が着陸するようになってからは、ロケットの逆噴射が用いられるようになった。画像はNASAのキュリオシティのもの (C) NASA

明暗分かれた10月19日

エクソマーズ2016は、2016年3月14日18時31分に、ロシアの「プロトンM」ロケットによってカザフスタン共和国にあるバイコヌール宇宙基地から打ち上げられた。そして打ち上げから約11時間後に予定どおり火星へ向かう軌道に入った。なお、ロケットから探査機が分離された直後、ロケットが分解して多数の破片が生じたと見られているが、その後の調査で、分解はしたものの、探査機には影響はないとされた。

そして約7カ月にわたって、大きなトラブルもなく宇宙を航行。10月16日にはTGOからスキアパレッリが分離され、TGOは火星周回軌道への投入に、そしてスキアパレッリは火星地表への着陸に挑んだ。

TGOは19日22時15分(*1)、火星周回軌道に入るためのエンジン噴射を開始したことが確認された。2時間19分にもわたる噴射を無事に終え、TGOは計画どおりの火星周回軌道に入った。現在、TGOは科学観測の実施に向けた準備の段階にある。ESAの衛星や探査機の運用を行う欧州宇宙運用センター(ESOC)の所長を務めるAndrea Accomazzo氏は「私たちは素晴らしい軌道投入を成し遂げました。TGOの状態も完璧です」と語った。

TGOの軌道投入成功により、ESAが運用中の火星探査機はマーズ・エクスプレスと合わせて2機に、また他国の火星探査機も含めると、運用中の探査機の総数は8機となり、過去最多となった。

一方のスキアパレッリは、19日23時42分に火星の大気圏に突入した。スキアパレッリが出す信号は、インドにある巨大な電波望遠鏡「GMRT」によってリアルタイムで追跡されており、また軌道投入噴射中のTGOのほか、マーズ・エクスプレスも電波を受信しており、後にそのデータは地球へ送信されることになっていた。

計画どおりなら、スキアパレッリは突入時の熱に耐えた後、23時45分にパラシュートを展開し、続いて46分に耐熱シールドを投棄。47分にパラシュートと後部にあるシェルも投棄してスキアパレッリの本体のみの状態になり、着陸用のロケット・エンジンに点火する。そして23時48分に火星の地表に着陸することになっていた。しかし、GMRTは途中で信号を見失い、ほかの探査機も信号を受信できない状態が続いた。

TGOから分離されたスキアパレッリ (C) ESA

火星周回軌道に入るためのスラスター噴射を行うTGO (C) ESA

途絶えた信号と計画と異なるデータ

10月20日に開かれた記者会見では、データを分析した結果、着陸の予定時刻よりも50秒ほど前にGMRTやマーズ・エクスプレスに届く信号が途絶えていたことが判明。さらにTGOが記録していたデータを解析したところ、大気圏突入からパラシュート展開、降下、その間の減速などは順調だったものの、その後の後部側のシェルとパラシュートの投棄が予定よりも早く起きたことを示しているという。

またその後に実施される着陸用のロケット・エンジンの噴射も、計画よりも短い、わずか数秒間のみしか行われなかったことが、データの分析でわかったという。

シェルから分離されたスキアパレッリ (C) ESA

地表に向け、ロケット・エンジンを逆噴射しつつ降下するスキアパレッリ (C) ESA

この結果を素直に解釈すれば、故障など何らかの事情によって、降下速度を十分に落とすことができず、探査機は地表に叩きつけられた可能性がある。ただESAは20日現在、「失敗」とは断定しておらず、今後も着陸時データの分析を進めるとともに、また着陸地点の上空を通過する他の探査機によって、スキアパレッリからの電波を受信する試みを続けるとしている。もっとも、スキアパレッリは太陽電池をもたず、あらかじめ充電された電池でのみ動くため、活動期間は最大でも9日と考えられていることから、この1週間が勝負となる。

また、近日中にNASAの火星探査機「マーズ・リコネサンス・オービター」(MRO)が、着陸地点の周辺を撮影するという。MROは火星の地表を細かく撮影できる高性能カメラを積んでおり、火星に着陸した探査機も、おぼろげながら形がわかる程度の写真を撮影することができる。たとえば本体と投棄されたパラシュートなどの落下位置などから、着陸時のより詳しい状況が明らかになるかもしれない。

NASAの火星探査機「マーズ・リコネサンス・オービター」(MRO)。火星の地表を細かく撮影できる高性能カメラを積んでいる (C) NASA

MROが2015年に発見した「ビーグル2」。スキアパレッリの表面積は、ビーグル2よりやや大きいため、これと同じくらいには写ると考えられる (C) NASA/JPL-Caltech/Univ. of Arizona/University of Leicester

スキアパレッリの着陸技術を活用することになっているエクソマーズ2020への影響も、現時点ではまだ不明である。今後の分析結果によっては、エクソマーズ2020の着陸機の設計の見直しや改良、それによる打ち上げの延期なども考えられよう。

ESAのJan Worner長官は「スキアパレッリが降下するあいだに得られたデータと、その分析によって何が起きたかを学ぶことは、将来への(エクソマーズ2020への)備えとして重要なことです」と語った。

エクソマーズも、人類の火星探査もまだ始まったばかり

人類が火星探査への挑戦を始めた1960年代から70年代にかけては、その成功率はわずか26%とさんざんな有様だった。90年代以降はいくぶん改善したものの、それでも現在もまだ成功率は50%を超えるか超えないか程度である。地球から火星まで半年前後かかること、軌道投入や着陸が難しいうえに一発勝負であることなど、その理由をあげるときりがないがなく、すべてをひっくるめて「火星には魔物が住んでいる」と呼ぶことは言い得て妙である。

それでも、魔物はいつか打ち倒せるものであり、また打ち倒されねばならない。ESAの有人飛行・無人探査計画の代表を務めるDavid Parker氏は「火星探査は難しく、挑戦的なことです。ですがそれこそが、私たちが火星探査を行う理由なのです」と語った。

当初の計画どおりではなかったものの、スキアパレッリは火星の大気圏突入からパラシュート展開までは成功し、ESAとロシアは火星着陸に向けた貴重なデータを手に入れた。そのデータはエクソマーズ2020の開発に十分に活かされることだろう。何より、TGOは順調そのもので、今まさに科学観測を始めようとしている。これから火星の微量ガス、そして生命の謎について、多くのことがわかるかもしれない。

初めての火星探査機が打ち上げられてからわずか半世紀、エクソマーズ2016と2020による欧州とロシアの、そして人類の火星探査への挑戦は、まだ始まったばかりである。

エクソマーズ2016(左)とエクソマーズ2020(右) (C) ESA

【脚注】

*1: 地球に信号が届いた時間。地球と火星との距離から、電波が届くまで約10分かかるため、実際にはこの時間の約10分前に物事は起きている。

【参考】

・Schiaparelli descent data: decoding underway / ExoMars / Space Science / Our Activities / ESA
 http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/ExoMars/Schiaparelli_descent_data_decoding_underway
・Live updates: ExoMars arrival and landing / ExoMars / Space Science / Our Activities / ESA
 http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/ExoMars/Live_updates_ExoMars_arrival_and_landing
・ExoMars TGO reaches Mars orbit while EDM situation under assessment / ExoMars / Space Science / Our Activities / ESA
 http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/ExoMars/ExoMars_TGO_reaches_Mars_orbit_while_EDM_situation_under_assessment
・ESA - Robotic Exploration of Mars: Schiaparelli: the ExoMars Entry, Descent and Landing Demonstrator Module
 http://exploration.esa.int/mars/47852-entry-descent-and-landing-demonstrator-module/
・ExoMars update: Timeline for separation and orbit insertion | The Planetary Society
 http://www.planetary.org/blogs/emily-lakdawalla/2016/10140937-exomars-timeline.html