10月7日、日本銀行(以下、日銀)が保有する国債の残高が400兆円を突破した。日本のGDP(国内総生産)約500兆円の80%に相当する。GDPは国内で新たに生みだされる富(これを付加価値と呼ぶ)のことで、その1年分の8割の規模に相当する資産が日銀によって保有されていることになる。ちなみに、日銀の職員は5,000人足らずだ。
日銀は国債の他にも、ETF(上場投資信託)、REIT(不動産投資信託)、社債等も購入しており、総資産はGDPの90%を超えている。
米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は、QE(量的緩和)を2014年秋に終えた後も、米国債やMBS(住宅ローン担保証券)などを中心に保有を続けており、総資産は4兆ドル(現在の為替レートで約400兆円)を超えている。ただし、それでも経済規模(=GDP)に比べれば25%程度だ。
ユーロ圏の中央銀行であるECB(欧州中央銀行)は現在もQEを続けているが、総資産は約3.4兆ユーロ(同約400兆円)。経済規模比で30%ちょっとだ。つまり、偶然にも、日米欧の中央銀行の総資産はほぼ等しい額だが、経済規模との比較で言えば日銀が欧米の中央銀行と比較して飛び抜けて強い金融緩和を行っていると言える。
今年9月の金融政策決定会合で、日銀は金融政策の枠組みを見直し、「長短金利操作付き量的・質的緩和」を打ち出した。そのなかで、金融政策の軸足を「量」から「金利」へと移した。日銀の金融緩和が「限界に近づいているのではないか」との一部の批判に応えたものだろう。
これにより、年間80兆円という国債購入の従来目標は取り下げられた。それでも、「概ね現状程度の買入れペース(保有残高の増加額年間約80 兆円)をめど」とすることが明示されたので、状況はすぐには変わらないだろう。
繰り返すが、これまで日銀の国債購入ペースは年間80兆円だった。これに対して、新規の国債発行額、つまり国の財政赤字は年間40兆円前後だった。日銀は新たに発行される国債を全て購入したうえで、金融機関などが保有している既発の国債をほぼ同額買い取っていた計算だ。
その結果、現在1,100兆円に達する国債発行残高の4割近くが日銀保有となっている。日銀が黒田総裁の下で「量的・質的緩和」を開始する直前の2013年3月末時点では、その比率は1割強に過ぎなかった。
他方、同じ期間に銀行の国債保有比率は4割弱から2割強に低下している。保険・年金の国債保有比率は2割強でほとんど変化していない。
つまり、現在の国債市場において日銀は最も影響力の大きい投資主体だと言えるのではないか。 一般的な投資家であれば、相場状況に応じて、価格が高いと思えば買いを減らし(売りを増やし)、低いと思えば買いを増やす(売りを減らす)。その結果、市場では価格を適正な水準に近づける、いわゆる「価格発見機能」が働く。
日銀が他の投資家と異なるのは、投資行動が相場状況に左右されないことだ。そして、日銀が大きな影響を持つ市場では、価格発見機能が働きにくいのではないか。国債価格が適正水準から大きくかい離しても、我々がそれを知るのは難しいのかもしれない。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。
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