9月26日、米大統領候補による第1回のディベート(TV討論)が行われ、民主党クリントン氏と共和党トランプ氏の直接対決が初めて実現した。

「クリントンがトランプを苛立たせた」
「ヒラリーが守備を固めて、優位を保った」
「クリントン、ディベートの優位を積極活用へ」
「トランプの地金(じがね)が露わに」

これらは翌日の主要新聞を飾った見出しの一部だ(筆者訳)。ディベートの最中から、「トランプ大統領誕生」なら直ちに打撃を受けそうなメキシコの通貨ペソが上昇に転じていたし、また直後に実施された世論調査でも、大差で「クリントン氏優勢」との結果が出た。

たしかに、クリントン氏は様々な問題について、時に具体的数字を交えつつ、そつなく答えていた。

やや意外だったのは、批判の応酬の口火を切ったのがクリントン氏だったことだ。トランプ氏がビジネスの成功を自慢し、大統領にも同様の資質が必要だと訴えた時に、クリントン氏は、トランプ氏と直接ビジネスをした多くの業者が正当な報酬を得られなかったと指摘した。その後も、納税記録の非公開など、トランプ氏の弱点を攻めて効果的にポイントを稼いだ。

ただ、クリントン氏がディベートで成し遂げるべきは、以下の2点だったのではないか。一つは健康不安説を一蹴すること、もう一つは「信用できない」「信頼できない」とのイメージを払拭することだ。

強い緊張を強いられるなかで、90分以上のディベートを乗り切ったことから、クリントン氏の体調面には何ら問題はなかったようだ。ただ、単なる筆者の偏見かもしれないが、クリントン氏が自分への攻撃も含めた様々な問題に対して淀みなく答えるほどに、「本当のところはどうだろうか」との思いを持ったのも事実だ。

一方、トランプ氏は開始時点では余裕をみせていたものの、すぐに守勢に立たされ、苛立ちを隠せなかった。トランプ氏は反射神経で答えることも多く、そのため必ずしも辻褄があわず、また余計なことを言い過ぎた。クリントン氏や司会者の発言を途中で遮るなど行儀の悪さも目立った。端的に言えば、今回のディベートでも、良くも悪くも「ドナルド・トランプ」がそのまま出ていたのではないか。多くの視聴者が、トランプ氏に4年間の大統領を任せていいものかと疑問を持ったかもしれない。

もっとも、大統領らしく振る舞い、経験豊富で、具体的な政策を理路整然と語る候補が求められているのであれば、トランプ氏がクリントン氏と支持率で接戦を演じるはずはないだろう。また、ディベートの結果も、開始前からわかっていたかもしれない。

ディベート後の世論調査の結果や投資家の見方は「クリントン優勢」だった。ただし、それらは一般有権者の考えと必ずしも一致しない。そのことは、英国の国民投票でも十分に示されたのではなかったか。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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