2016年9月23日より3週間完全限定で公開中の劇場アニメ『亜人 最終章-衝突-』。漫画雑誌『good!アフタヌーン』(講談社)にて連載中の同タイトルを原作とした本作品は、決して死なない新人類・亜人と、亜人を追う日本国政府の戦いを描いている。今回は、作曲家・菅野祐悟氏に本作の楽曲制作について直撃した。
菅野祐悟(かんのゆうご)。1977年6月5日生まれ。作曲家。主な作品は、TVドラマ『軍師官兵衛』、『MOZU』、『アイムホーム』、『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』、映画『ボクの妻と結婚してください。』、『高台家の人々』、TVアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』、『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』、『ガンダム Gのレコンギスタ』など |
人間の業を音楽でどう表現するか
――まずは『亜人』の劇伴を担当することになった経緯について教えてください。
僕はもともと実写作品を主に手がけていたのですが、『踊る大捜査線』シリーズ(『THE MOVIE 3』『THE FINAL』)でご一緒させていただいた本広克行監督が、TVアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』で総監督を務めるときに誘っていただいて、そこで音響監督の岩浪美和さんと出会いました。その後、岩浪さんに『ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース』に推薦していただき、その流れから『亜人』の制作に携わることになりました。
――岩浪音響監督とは『亜人』で3度めのタッグ、現在は『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』も担当されているので、4度めになるんですね。実写作品とTVアニメの曲をつくる上で違うところは?
TVアニメは、音楽を制作する段階では映像が一切ない、まだ出来上がっていないんです。原作ものなら原作を読んで、オリジナルアニメなら絵コンテを見て作ります。『ジョジョ』や『亜人』などは、ファンの方々も原作の世界観が出来上がっている状態でアニメを観ますよね。当然、アニメのスタッフも原作をリスペクトして制作しています。ファンの方々の期待やイメージを反映させつつ、原作以上にワクワクするような、新しい感動を与えられるようなものを! という意気込みで制作していきました。
――原作『亜人』の印象は?
『亜人』という作品の特徴は、死ねない、死んでも生き返ってしまう「亜人」の存在です。ふつうの人間とは一番違う点ではあると思うんですが、ある意味、「亜人」は人間の欲望の究極なんだと思うんです。人間の「死にたくない」、「老いたくない」という欲求はすさまじい。そのために医学が進歩したり、若さを保つためのサプリが開発されたり、ダイエットだったり、美容整形だったり……、死ぬことや老いることの恐怖や欲望は果てしない。そういった人間の業を音楽でどう表現するか、いろいろ考えました。
――どういうふうに制作していったのでしょうか。
『亜人』は現在話題の原作ということで、最先端の音楽にしないといけないと思いました。たとえば、自分の胸にマイクを当てて、心臓のドクッドクッという音を録音したり、スクランブル交差点の喧騒を録音したり……。あとは痛みや恐怖感を表現するために、ドリルや包丁でギターを弾きましたね。
――かなり奇をてらってますね。
別に実験的なことをやりたかったわけではないんですよ。『亜人』でしか表現できない音楽を作っていたらこうなっただけで。そうやっていろいろな音を収集することでインスピレーションを得ています。
――もともと音を収集するのが好きなんですか?
そうなんです。たとえば、SMAPの草なぎ剛さん主演のお金をテーマにしたドラマ『銭の戦争』の音楽を制作したときは、ワイングラスに500円玉を落として、「チャリーン」って音を録音しました。その音をどう使うかというと、何かが起こるきっかけの音として使用したり、メインテーマが流れていてサビ直前で「チャリーン」と音が聞こえてそのままサビにいったり、という。
――そのドラマでしかありえない曲になるわけですね。
僕が常に意識しているのは、その作品に合った音楽をオーダーメイドで作りたいということです。ものすごく盛り上がる曲が出来たからといって、すべてのドラマや映画、アニメで使えるわけではない。街で『亜人』の音楽が流れたときに、「これ『亜人』の音楽じゃない?」って、アニメを観ていた方の脳内にアニメのシーンが流れだすような、それくらいエネルギーのある曲をつくりたいと思っています。
――音楽にそれぞれのカラーが付く。
そういう志は高いんです、僕(笑)。
観ている人の想像力を利用する
――『亜人』の音楽をつくる上で一番苦労した点は?
ピントを合わせることですね。カメラでピントを合わせるみたいに、『亜人』という作品のイメージと、自分が思い描いているイメージをすり合わせるわけです。ピントがずれたまま作ってしまうと、全然違う音楽になってしまう。「『亜人』の音楽はこれだ!」と明確にイメージするまでが大変でしたね。この苦労はどの作品でも一緒ですが(笑)。
――そのピントが合った瞬間とは?
香川県に「ベネッセハウス ミュージアム」という、「自然・建築・アートの共生」をコンセプトにした施設に行ったときですね。世界中の心臓の音を収集するクリスチャン・ボルタンスキーというアーティストが「心臓音のアーカイブ」というアートを公開していて、それを見たときに、「これだ!」と思いました。この瞬間にピントが合いましたね。先ほども言いましたけど、そこから自分の心臓の音をサンプリングして、『亜人』のイメージを膨らませて音楽をつくっていきました。
――アイデアが思い浮かばなくて行き詰まることってありますか?
そういう場合はむやみに作曲をしないことにしています。行き詰まって3日間ピアノやパソコンの前で唸っているくらいなら、その3日間別なことをしているほうがいい。映画を観たり、友だちと飲んだりね。「いまものすごくいいアイデアが浮かんだ」とか「作曲をしたい!」というときにつくらないと、人に伝わる熱のこもった音楽はできないんです。
――ではピアノの前に座ったらもう。
やる気やアイデアはフルの状態ですね。
――曲を制作する上でほかの作品を参考にすることもありますか?
たとえばホラー作品を担当するとなったら、過去のホラー映画をたくさん観ておかないといけないですよね。過去のいろいろな作品を知らないでつくるのと、知った上でつくるのは全然違う。もしかしたら思いがけず似てしまうかもしれないですし。でも、「今度はこういったホラー作品の曲をつくるぞ」ってときに、ホラー映画を観に行っていたら遅いんですよ。この数十年で、いろいろな映画を観て、それが混ざり合って、自分なりのフィルターを通して出てくる。それが個性と呼ばれたりするわけです。たとえば『亜人』の音楽をつくるために取材をしていたら遅いんです。数十年前の僕がいつか来る『亜人』の音楽制作のために準備をしているんです。
――そうして出来上がった『亜人』の曲ですが、菅野さんは「作品ごとに距離を置いて作曲をしている」と過去のインタビューで拝見しました。『亜人』はどのような距離感でつくっていったのでしょうか?
キャラクターの心情については引き気味です。音楽って人の想像や記憶を利用してつくっているんです。たとえば、和のシーンの曲をつくろうと思ったら、最初に琴の音を入れる。人は、和=琴という記憶が染み付いているので、「あ、これは和のシーンなんだな」って理解ができる。そうすればあとは琴の音を入れないでも、和に入り込んでしまう。観ている人の想像力を利用する、これが引いたつくり方です。
――こちらの引き出しを開けていく。
IBM(「亜人」が操ることができる自分の分身のような存在)に関しては、方向性を指し示してあげるつくり方をしています。いままでどんな作品にもIBMは登場したことがないじゃないですか、だから僕が考えたIBMの曲をつくる。すると今後、IBMみたいなものが別の作品で出てきたときに、IBMの音楽が観ている人たちの想像のきっかけになってくれると思います。
――『亜人』のTVアニメと劇場版両方を担当されていますが、それぞれ同じ曲なのに感じ方が変わってきます。
同じ曲でもTV用と劇場用でそれぞれミックスしていて、音も若干変えています。ですので、9月23日より公開中の劇場第3部と、10月から始まるTVアニメの第2クール、両方観て頂きたいですね。