現在公開中の劇場アニメ『聲の形』は、手塚治虫文化賞新生賞、コミックナタリー大賞、『このマンガがすごい! 2015』(宝島社)オトコ編第1位など数々の賞を受けた大今良時氏の同名コミックが原作。作中では、先天性の聴覚障害により周囲からいじめを受けていたヒロイン・西宮硝子と、硝子のいじめの中心的存在だったことから逆に自身もいじめの対象となってしまった主人公・石田将也の交流や贖罪(しょくざい)の意志、恋心などが描かれている。

本作で監督を務めるのは、『たまこラブストーリー』(2014年)や『映画 けいおん!』(2011年)などを手がけてきた若手実力派の山田尚子監督。監督たっての希望で、将也の小学生時代を女優の松岡茉優が演じている。

今回は、なぜ今回の作品にあえて俳優の松岡を起用したのか、そして若手最注目株である彼女たちの感性の溶け合いを言葉の端々に感じながら、収録の過程について訊いた。

女優の松岡茉優 撮影:大塚素久(SYASYA)

――最初に原作を読んだ時にはどんな印象を受けましたか?

松岡:漫画が大好きで、たくさん読んでいるんですけど、その中でも自分の中で全然違うところに落ちてきた作品でした。『このマンガがすごい!』(宝島社)で紹介された作品はほとんど読んでいて、『聲の形』も全巻買っていたんです。でも、このお仕事のお話をいただくまでは、一巻の途中で閉じてしまっていました。ちょっと全部読むまでに時間がかかる作品だなという印象を受けました。

というのも、誰の中にもある苦い思い出のようなものを見なきゃいけない感じがして。ですけど、この作品をいただいて、脚本を読んだあとに全巻読んでみたら、全部読み終えられました。「なんでもっと早く全部読まなかったんだろう」と今は思うんですけど。

1ページ1ページがすごく重たくて苦しくて。でも、そんなふうに感じる作品だからこそ、これを映像化することで救われる人もいるかもしれない。それに、逆に映画を見たあとに漫画を読んでも新しい発見があると思いました。

――全7巻の作品を1本の映画にまとめるのは大変ではないですか? その場合は物語の軸などを絞ってしまったりするのでしょうか?

山田:「7巻って大変そう」とけっこう言われたんですけど、私の中では「まだひと桁だから大丈夫」と思っていたんですね(笑)。でもいざやってみるとすごく情報量が多い作品で、やっぱり大変でした。映画では、とにかく主人公の石田将也が生まれるまで、産声を上げるまでの物語に集中しようと決めていました。たくさんのキャラクターの思いがいっぱいある中で、ちゃんと将也を見つめようというところに重きを置いてやろうと。

――小学生時代の将也役に松岡さんを起用すると決めたのは制作のどの段階だったのですか?

山田:企画が進んで、そろそろ将也の声を決めなければという段階で、誰がいいですかというお話になった際に、ダメ元で松岡さんにお願いしたいと提案しました。なので、松岡さんのところにはすごいギリギリでお話がいっていると思うんですよ。

――それは松岡さんにどのような演技を期待してのことだったのでしょうか?

山田:対等に、人として将也と向かいあってくださるんじゃないかなというところでした。もともとドラマで松岡さんが演じられていた役が大好きだったんです。その作品も『聲の形』と同様にすごく愛情にまみれた作品で、人と人との心のやりとりがすごくいじらしいものだったので。将也のことを考えた時にその役を思い浮かべたんですよ。

松岡さんだったら、"素直じゃないけど中身がめちゃくちゃきれい"というところを将也に"代入"するというか、すごく理解しながらやっていただける気がしたんです。ものすごく根っこのきれいなキャラクターを演じていらっしゃるなと思ったので。

松岡:お話をいただいて、すっごくうれしかったです。声優さんの演技をずっと聞いている監督が、俳優の私に声をかけてくれたということもそうですし、ドラマや映画を見て、その上で声をかけてくださったのがすごくうれしくて。(アニメでリアルな役を演じるのは)絶対できないと思っていたんですけど、その話を聞いてから、「できる可能性を私は持っているのかも」と思えて、自分に期待できました。それは監督にそういうふうに言ってもらえたからですね。

――今回将也を演じるにあたっては、普段の実写の作品と同じような役作りでのぞまれたとうかがったのですが。

松岡:今回は本当に自分に小学校6年生の男の子の役が来たような気持ちで役を作っていきました。そうしたら、すごく愛情をもって将也を見つめなおすことができたので、収録がすごく楽しかったですね。

――収録は高校生の将也(CV.入野自由)の声が入った状態での収録だったのでしょうか?

松岡:ほとんどの方の声が入っているバージョンを事前にいただきました。でも、だからそれを意識しようというのは考えもしなくて。なんででしょうね、私も今になって「あ、なんでそうやって考えなかったんだろう」と思ったんですけど(笑)。言い方とかも特に真似しようとかはありませんでした。

山田:でも結果最終的に、息遣いとか言葉尻とかがすごくマッチしてました。

松岡:たまたまです。ラッキーでした。

山田:ラッキー将也。

松岡:ラッキー将也ですね(笑)。小学校の周りの子の声も、お母さんの声も入っているというこれ以上ないくらいありがたい状態でやらせていただきました。でも、やっぱり声優さんの出す小学生の声は凛としていて、ピンと張ってて。「私の出すフニャフニャ声が、どうやったらガキ大将になるんだよ!」とも思ったんですけど、そういう技術的なことは考えずに、「将也だったらこういう言い方をするかな」ということを考えて演じました。