新開発の高性能ロケット・エンジン「BE-4」
ニュー・グレンは1段目と2段目にはBE-4を、第3段にはニュー・シェパードで使っている液体酸素と液体水素を推進剤とする「BE-3」エンジンを1基装備する。
BE-4は、前述のように、輸入できなくなる可能性が出てきたロシア製のRD-180エンジンを代替するため、同等の性能をもつエンジンを米国内で造ろうという動きのなかで、突如として表舞台に出てきたエンジンである。しかし、実はそれ以前の2011年から、ブルー・オリジンの中で開発は始まっていた。
BE-4は液体酸素と液化天然ガスを推進剤(燃料と酸化剤)として使用している。液化天然ガスはケロシンなどほかの燃料と異なり、ヘリウムによるタンクの加圧が不要で、なおかつ低コストであるため開発や運用が行いやすい。また、爆発などの危険性が低いため運用性や安全性が高く、さらにススが発生しないためエンジンの再使用もしやすい。ただ、理論的にはともかく、実際には性能が出にくいようで、これまでに実用化に成功した国はない。
そしてBE-4はさらに、「酸化剤リッチ二段燃焼サイクル」と呼ばれる、きわめて高度な技術をも採用している。「二段燃焼サイクル」というのは、液体ロケット・エンジンを動かすための、いくつかある仕組みのうちのひとつで、推進剤をいっさい無駄にすることなく使えるため、性能の良いエンジンにできるという長所がある。しかしその反面、エンジンの構造が複雑になり、また各所にかかる圧力や温度の条件が厳しく、またどこかで不調が起きると途端に爆発する可能性もあり、さらにエンジン始動のタイミングの制御も難しいなど、製造や運用が難しいという短所もある。
もうひとつの「酸化剤リッチ」というのは、エンジンのポンプを動かすためのガスに、酸化剤(酸素)が多く含まれているということを指している。このガスは推進剤を燃やして作り出すが、エンジンが耐えられる熱には限界があるため、酸化剤を多めに足して、わざと不完全燃焼のガスを作り出すことで、温度を下げている。しかし、酸素はただでさえ反応性が強い上に、ガスを作り出す際に加熱されることで、さらに反応性はより高くなり、金属を簡単に腐食させてしまう。それからエンジンの部品を守るためには、特殊なコーティングを施すなどの、高い冶金技術が必要となる。
米国がロシアからRD-180を輸入していた背景には、1990年代当時の米国にとって、これほど複雑なエンジンの生産を行うには、多くの資金と時間、人材が必要だったことから、それならば輸入したほうが手っ取り早いと判断されたということがある。しかし近年になり、技術の進歩により、ようやく米国でもRD-180並のエンジンを造ることができるようになった。
ただ、ブルー・オリジンのような設立から20年足らずの企業が、なぜこれほど難しいエンジンを造れるだけの技術をもっているのは謎に包まれている。ロシアから技術や人の流れがあるとも言われるが、まったくわかっていない。
ニュー・グレンにはこのBE-4を、第1段に7基装着、第2段には高真空用に改修したものを1基装着する。また、ユナイテッド・ローンチ・アライアンスが開発する米国の次期基幹ロケット「ヴァルカン」の第1段エンジンとしての採用がほぼ決まっている(詳しくは拙稿『米国の次期基幹ロケット「ヴァルカン」が目指す「長寿と繁栄」 (2) アマゾンからやってきたロケット・エンジン』を参照)。
つまりヴァルカンとニュー・グレンで、相当な数のエンジンが使用され続けることになるため、エンジンの量産によりコストダウンや信頼性向上が見込める。
BE-4は現在、各部品単体での試験を行っている段階にあるという。開発は順調なようで、2016年中にもフル・スケール(部品をすべて組んだ完成品の状態)での試験を開始するとしている。
ロケットは再使用
前述のように、液化天然ガスはススが発生しないため、再使用に向いている。実際にBE-4は再使用を念頭において開発されており、ニュー・グレンも第1段機体の再使用ができるという。
ロケットの第1段機体の再使用というと、スペースXが「ファルコン9」ロケットで狙っていることでも知られる。ファルコン9は上空で切り離した第1段を、エンジンを逆噴射するなどして陸上や海上に降ろすという方式だが、ニュー・グレンも同じ方法を取るようである(ちなみに同じBE-4を使用するヴァルカンもエンジンのみの再使用を検討している)。
ファルコン9はこれまでに6機のロケット回収に成功しているが、再使用はまだ行われていない。一方、ブルー・オリジンはすでに、同一機体のニュー・シェパードによる4回の着陸と、3回の再使用に成功している。しかし、ニュー・シェパードはファルコン9よりも小型の機体で、また衛星を打ち上げるだけの能力もないため、単純に比較はできない。ましてやニュー・グレンは、ニュー・シェパードはもちろん、ファルコン9よりもさらに巨大なロケットなため、成功までには何度かの失敗を覚悟する必要があるだろう。
ニュー・グレンの打ち上げコスト、あるいは価格がいくらになるのかは不明だが、スペースXと同時に、ブルー・オリジンもロケットの再使用を狙っているということは、それだけ再使用による旨みがある、あるいは見込めるということだろう。再使用はたしかにコストダウンにはなるものの、推進剤や着陸脚などを追加する必要があるため、1機あたりの打ち上げ能力は落ちる。そのため、再使用にどれほどの価値があるのか、欧州やロシア、日本のロケット会社などはまだ値踏みしている状態にある。
しかし、小型の機体とはいえ、実際にロケットの再使用をなんども成功させているブルー・オリジンが、人工衛星を打ち上げられる、それも超大型ロケットでも再使用を行おうとしていることから、世界の次世代ロケットの潮流が一気に再使用化へと傾くかもしれない。
さらなる超大型ロケット、そしてスペースXの逆襲
ニュー・グレンが完成するかどうかは、まずBE-4の開発が順調に進むかどうかにかかっている。前述のようにBE-4は複雑で高度な技術を要するエンジンであり、年単位での遅れは十分にありうる。
またロケットが完成し、運用が始まっても、需要がなければ無用の長物に終わってしまう。ニュー・グレンは商業衛星の打ち上げにも使えるとしているが、それはブルー・オリジンがどれだけ商業打ち上げの受注を取ってくることができるかにかかっている。本当に人類の宇宙進出を実現するのであれば、同社が自ら需要を創り出す必要もある。
しかし、ブルー・オリジンはニュー・グレンよりもさらに大きな「ニュー・アームストロング」を開発する構想があるという(ちなみにこの名前はもちろん、人類で初めて月を歩いたニール・アームストロングに由来)。あくまでまだ構想段階であり、想像図などは出ていないが、ニュー・グレンよりも巨大となれば史上最大のロケットであることは間違いなく、いったいどのような姿になるのか、そしていったい何を打ち上げるのかは想像もできない。はたしてブルー・オリジンは、次にどのような驚くべき発表をするのだろうか。
一方、何かとライバル扱いされるスペースXも負けてはいない。スペースXは現在、ファルコン9を3機束ねた超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」の開発を進めているが、ニュー・グレンはそれよりも大きい。
しかしスペースXは、人類の火星入植のための大型の宇宙船「Mars Colonial Transporter」(直訳すると「火星移民船」)と、それを打ち上げる超大型ロケット(Big Fucking Rocket)の開発を進めており、そのための強力なロケット・エンジンの試験も始まろうとしている。
これほど強力なロケットがいくつも登場し、さらに現実的な価格で使えるようになれば、宇宙利用は大きく進むことになろう。通信衛星などの商業衛星の打ち上げ数の増加に始まり、まったく新しい宇宙利用の展開や、宇宙旅行の実現といった可能性も見えてくる。また、火星や木星などへ大型の探査機を送り込んだり、さらに遠くの星々へも手が届きやすくなり、宇宙科学・探査にとっても大いに役に立つ。
そして、ブルー・オリジンが掲げる人類の宇宙進出や、スペースXが目論む人類の火星移住の実現も、決して不可能ではないだろう。
【参考】
・Blue Origin | BE-4
https://www.blueorigin.com/be4
・Blue Origin | Our Approach to Technology
https://www.blueorigin.com/technology
・Bezos reveals design of powerful orbital-class launcher - Spaceflight Now
http://spaceflightnow.com/2016/09/14/bezos-reveals-design-of-powerful-orbital-class-launcher/
・Blue Origin introduce the New Glenn orbital LV | NASASpaceFlight.com
https://www.nasaspaceflight.com/2016/09/blue-origin-new-glenn-orbital-lv/
・Blue Origin introduces ‘New Glenn’ Reusable Orbital Launch Vehicle - Spaceflight101
http://spaceflight101.com/blue-origin-introduces-new-glenn-reusable-orbital-launch-vehicle/