日本のiPhoneユーザーにとって待望となるのが、Apple Pay上陸によるSuicaのサポートだ。Appleの製品発表のプレゼンテーションの中で、スライドを3枚使って、日本での提供をアピールした。

Appleの上級副社長、フィル・シラー氏によるプレゼン

Suicaは現在、JR東日本の鉄道エリア内だけでなく、日本全国の4,789駅、約3万台のバス、約36万店舗で利用することができる。

AppleやJR東日本によると、設定等に関する詳細は今後案内するとしているが、現時点で分かっている「iPhoneでSuica」について、まとめておこう。

1. 利用できるのは日本発売の端末のみ

AppleはiPhone 7・iPhone 7 Plus、そしてApple Watch Series 2の日本販売モデルに対して、FeliCaチップを搭載する形で、Suicaの他、日本の非接触決済であるiDやQUICPay決済端末を活かしたApple Pay導入を実現した。

FeliCa対応をアナウンス

しかしこれはすなわち、例えば、米国で購入したSIMフリーのiPhone 7では、日本でApple Payの店頭決済利用はできないということを意味する。

Apple Payは店頭決済の他に、アプリ内、ブラウザ内の決済をサポートする。よって、既発のiPhone 6以降のiPhone、iPad Air 2・iPad mini 4以降のiPadシリーズ、Apple Watch(Series 1以降)においては、クレジットカードを登録することでオンラインでのApple Payが利用可能となる。

一方、FeliCa対応のiPhone 7などを日本から持ち出した場合、海外のクレジットカードを登録することで、国外でのApple Payの利用が可能となる。

残念ながら、海外のユーザーは、日本に来てもApple Payでの店頭決済を利用したり、日本に来る前にSuicaアプリにチャージしておく、といったことはできない。

2. Apple Watch Series 2でも利用可能

今回FeliCaに対応するのはiPhone 7・iPhone 7 Plus、Apple Watch Series 2だ。Apple WatchはiPhone 5以降のiPhoneをサポートしていることから、iPhone 7を持っていなくても、Apple Watch Series 2でSuicaを利用することは可能になる。

Apple Payは、デバイスごとに、カードを利用するトークンを保管して、非接触決済を実現する仕組みだ。そのためこれまでも、1枚のクレジットカードをiPhoneとApple Watchの両方で利用する場合は、iPhone向けにWalletアプリで、Apple Watch向けにはWatchアプリで、Apple Payを設定しなければならなかった。

ゆえに、iPhoneにApple Payを設定していなくても、Apple Watchに設定することは可能だった。Suicaの場合も、Apple Watch Series 2にのみ、Suicaを設定して利用することで、最新のiPhoneが手元になくても、Apple PayによるSuica利用を体験できるようになる。

前述のように、Apple Payをアプリ内やブラウザ内で利用する場合は、iPhone 6以降のデバイスでも利用可能だ。

つまり、Apple Watch Series 2とiPhone 6を持っているユーザーは、iPhone 6のApple Payにクレジットカードを登録することで、iPhone内でApple Watch内のSuicaへのチャージは可能になると考えられる(※編集部注:AppleのWebサイトではチャージ可能とアナウンスされている。但し、クレジットカードがApple Payに対応している必要がある)。

提供開始は10月下旬

3. 1枚のSuicaカードは、1つのデバイスに

Apple Payの仕組みについては前述の通り、デバイスごとにトークンを持つ形で、1つのクレジットカードを、複数のデバイスのApple Payで利用できる。

Suicaを持っていないJR東日本のエリア外のユーザーも、Suicaアプリによって設定可能となるようだ。既にSuicaを持っている人は、手元にあるカードとiPhoneを重ねて情報を取得する。

ただし、Suicaの場合は、1枚のSuicaカードから情報を移せるのは1つのデバイスのみ、という制限がかかる。iPhone 7に吸い上げたSuicaカードを、そのiPhone 7とペアリングしているApple Watch Series 2から利用することはできない。

そのため、iPhone 7、Apple Watch Series 2の双方でSuicaを利用したい場合は、2枚のSuicaカードを用意する必要がある。逆に、1つのデバイスに複数のSuicaを設定することは可能だ。

4. 必要なのは通常のSuicaカードだけ

Apple PayでのSuicaサポートは、既存の「モバイルSuica」とは異なる、全く新しいモノとしてとらえて欲しい、と東日本旅客鉄道株式会社の取締役副会長、小縣方樹氏はコメントしている。その設定方法は、非常に簡単だ。

Apple Payのカードを管理するiOSの標準アプリ「Wallet」を利用し、iPhoneをSuicaの上に重ねて置いて、Suicaの情報をiPhoneに吸い上げるだけだという。

この際にiPhoneに読み込まれるのは、既にチャージ済みの残高に加え、プラスティックのSuicaカードを購入する際に預けたデポジットの500円も、残高に追加されてiPhoneに移される。その他にも、定期券が入っていれば、定期も移される。

クレジットカードと一体型となっているSuicaや、クレジットカードが必要というわけではなく、通常の無記名式、記名式のSuicaカードがあれば、Apple Payに設定して使用できる。

5. 改札通過時は指紋認証不要

Apple Payはセキュリティを高めるため、決済の時にTouch IDを用いた指紋認証が求められる。Apple Watchの場合は、腕に装着してロックが解除されている状態で、サイドボタンを2度押しして決済する仕組みだ。

iPhone 6sで指紋認証の速度は非常に速くなり、iPhone 6の頃よりも半分の時間で決済ができるようになったが、それでも決済にはしっかりと1秒かかる印象だ。Suicaで改札を通る際の処理は0.2秒なので、5倍近い時間がかかるということになる。

FeliCaの搭載は、こうした決済にかかる時間を、日本の鉄道が求めるスピードに対応させるためだ。さらに、改札では、指紋認証を省き、タッチするだけで通過できるようにし、プラスティックのカードに負けないスピードを実現している。

改札以外でも、場所や決済金額に応じて、指紋認証を省いてSuicaを利用することができるようになるそうだ。

6. 向上するセキュリティ

Apple Payから利用するSuicaには、セキュリティに関するメリットが追加される。

特に無記名式のSuicaカードの場合、なくしてしまうとチャージ金額を復帰させることはできないし、記名式でも駅での申請時点での金額の補償と再発行(14日以内)が必要になる。

iPhoneやApple Watchをなくしてしまった場合、「iPhoneを探す」アプリやiCloud.comで、Apple Payの利用を止めることができる。発見した場合はそのまま使えるし、発見できなかった場合、新たなiPhoneなどにSuicaの元のチャージ残高や定期券といった各種情報を読み込め、新規のデバイスでの利用が可能となる。

小縣氏によれば、iPhoneがApple Payのプラットホームに乗ることで、セキュリティを強化することができるそうだ。もちろん、多くの人にとっては、iPhoneの方がSuicaのチャージ残高よりも高く、紛失した場合、いろいろな意味でダメージが大きいかもしれない。

また、iPhoneやApple Watchがあれば、満員電車の中で、他人のSuicaを吸い取るスキミングが可能ではないか?という懸念もある。だが、この件に対しては、AppleもJR東日本も「そう簡単にはいかない」と話す。

Suicaカードが手元になければ分からないSuicaの番号の入力や、生年月日等の個人情報との照合を盛りこむとしており、かざせばSuicaを乗っ取れる、という心配はなさそうだ。

7. Suicaアプリで自由度を高める

これから登場するSuicaアプリは、Suicaへのチャージや定期券、特急券、新幹線特急券などの購入が利用でき、またカードの残高や定期券を管理する機能が用意される。そのため、Apple Payユーザーには、プラスティックのSuicaカードは完全に必要なくなるほか、券売機すら不用になるだろう。

ただし、東海道新幹線はSuicaでは乗車することができず、JR東海のApple Payへの対応を待たなければならない。原理的には、「エクスプレス予約」(EX-ICサービス)のアプリからApple Payを対応させれば、ポイントプログラムも含めて利用可能になるだろう。

Suicaの事例から、東京メトロや他の鉄道事業者も、PASMO等のサービスを対応させていくことになると、鉄道系電子マネーの競争が激化することも予測できる。

松村太郎(まつむらたろう)
1980年生まれ・米国カリフォルニア州バークレー在住のジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。ウェブサイトはこちら / Twitter @taromatsumura