米大統領選挙において、候補者の健康問題が急浮上してきた。クリントン氏が体調不良で「911」の式典を途中退席したからだ。クリントン氏は「熱中症」で「脱水症」になったのであり、その2日前に「肺炎」と診断されていたことが明らかにされた。

その後、クリントン氏の詳細な診断結果が公表されて、「肺炎」から快方に向かっていることを裏付けた。公表通りであれば、クリントン氏の症状は一時的であり、大統領として執務することに全く問題はなさそうだ。それとも、何かまだ有権者が知らないことがあるのだろうか。

一方、トランプ氏の場合は、出馬表明後の昨年12月に同氏の主治医が「大統領に当選すれば過去最も健康状態の良い大統領になる」との書簡を公表した。ただ、今に至るまで健康診断結果の公表は拒否しているようだ。主治医の何の根拠もない見解以外にトランプ氏の健康を保証するものはあるのだろうか。

現代の大統領選挙において、党指名を獲得した候補が投票日前に辞退したケースは見当たらない。ただ、選挙戦のさなかに候補の健康問題が意識されたケースは散見される。

1960年には、共和党のニクソン候補が投票日の2カ月前に遊説中の事故で膝を負傷した。初めてTV放送されたディベート(討論会)は民主党のケネディ候補の当選に大きく貢献したとされているが、当時ニクソン候補は膝の苦痛に悩まされており、顔色も悪かったという。 80年の選挙では、再選を狙ったカーター大統領が共和党のレーガン候補に敗れたが、その1年前にジョギング中に倒れたことが投票結果に何らかの影響を及ぼしたかもしれない。92年の選挙では、投票日の2カ月前に訪日中のブッシュ大統領が宮中晩さん会で倒れたことが想起される。

また、2008年の選挙では、当時すでに72歳だった共和党のマケイン候補が、長期間の捕虜生活や皮膚がん手術の経験もあって健康状態を懸念され、1,000ページに及ぶ健康診断の結果をメディアに公表している。

少し古い話だが、1944年に四選を狙ったルーズベルト大統領は、ポリオ(小児まひ)に罹患(りかん)していたことは周知の事実だったが、車いすを使っていたことや肺疾患を患っていたことはメディアにもあまり知られていなかった。60年に当選したケネディ大統領も、アディソン病を患っていたことや、そのためにステロイドを服用していたことは隠されていた。

しかし、今や、クリントン候補の例が示すように、たまたま通りがかった通行人が撮影した動画が瞬時に世界中に拡散する時代だ。候補者が本当の健康状態を隠し通すのは至難の業だろう。

候補者の健康問題は選挙戦の趨勢を一夜にして激変させかねず、それが金融市場に影響を与える可能性もある。市場参加者は候補者の健康状態にも目配りする必要があるということだ。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

※写真は本文と関係ありません