インターネットイニシアティブ(IIJ)は30日、MVNO事業の強化に向けた「フルMVNO」への取り組みについての記者発表会を開催した。MNOからSIMを借り受ける現状のライトなMVNOではなく、加入者の管理設備までもMVNO側が管理し、自社でSIMを発行できるようになるなど、これまでにないサービスが提供できるようになる。

フルMVNOって何だろう?

IIJはNTTドコモに対し、加入者管理機能(HLR/HSS)の連携を申し込み、承諾されたことを明らかにした。設備やソフトウェアを含めた実際の連携はこれから進められることになるが、これまでのMVNOよりもさらに一歩踏み込んだ形でのサービスが提供できるとし、「フルMVNO」サービスとして2017年度下半期から提供することを明らかにした。

発表会の冒頭、壇上に立ったIIJの鈴木幸一会長。1992年に設立したIIJが日本のインターネットの歴史をリードしてきたように、モバイル通信の世界でもIIJの技術で新しいイノベーションを生み出したいとした

ここでいう「フルMVNO」とは、加入者管理機能をMVNO側が持つことで、"MVNOが独自にSIMカードを発行できるようになること"を指す。SIMカードは基地局にアクセスするための情報を記録しており、ここをMVNOが管理することになるが、ネットワークにアクセスしてから先は従来通りMNOが管理することになる。

上の従来型MVNOではレイヤー2接続までを実現し、格安料金までは実現しているが、HLR/HSSとSIMカードの発行が可能になると、さらに1段階進んだサービスが可能になる。IIJではこれをもって「フルMVNO」と表現している

フルMVNOになる最大のメリットは、この「SIMを自由に発行できる」ことにある。現時点ではMVNOのSIMはMNOから卸で購入したものを再販しているもので、サイズや機能などをMVNOが自由に設計することができない。

今後IoTの世界では、SIMカードの形ではなく、SIM機能を持ったチップが直接機器に埋め込まれたり、1つのSIMに複数の(例えば日本と米国のキャリアの)プロファイルが書き込まれたマルチプロファイルSIMが要求されることが予想される。現状ではMNOがこうしたSIMを用意してくれなければMVNOにとっては販売しようがなかったわけだが、自由にSIMを発行できるようになれば、ビジネスチャンスが広がることになる。また、MVNOが独自のプリペイドSIMを発行することも容易になる。

フルMVNOについての技術的な説明を行った島上純一取締役CTO

IoT時代ではこれまでのSIMでは提供できなかったフレキシブルな運用が求められるようになる

IIJではフルMVNOサービスを、まずはデータ通信でスタートさせ、主に法人向けに販売する予定。個人向けのサービスについても同様に検討しているとした。音声についてはキャリアからの卸に頼っている状況であり、これはフルMVNOサービスがスタートしても大きくは変わらないということだった。

なお、IIJは10月からKDDI網を使ったMVNOサービスを開始するが、今回のフルMVNOサービスについてはドコモ回線に限ったものであり、KDDI網でのフルMVNOサービスの具体的な予定はないということだった。

フルMVNOによるユーザーメリットは?

HLR/HSSの解放は総務省のタスクフォースによる提言にも登場したほどで、MVNO業界では大きなトピックのひとつだったが、必ずしも料金を安くするための(ユーザーにわかりやすい)仕組みではないため、一般ユーザーの視点からは、いまいちメリットがわかりにくい面もある。フルMVNOサービスが提供された場合の具体例を考えてみよう。

個人の場合、たとえば国内と海外のキャリアのプロファイルを1枚のSIMに書き込んであれば、SIMを交換することなく、ローミングも使わずに現地のネットワークを利用できる。ローミングによる高額な通信料に悩まされるユーザーにとっては朗報だろう。法人の場合なら、世界的に販売される機器であれば、工場出荷時にプログラマブルなSIMチップを搭載しておけば、出荷先でソフトを書き換えるだけでその国に対応できる(現在はSIMは国ごとに別パーツとして搭載しなければならない)。たとえばカーナビなどがこれに当てはめられるだろう。

フルMVNOサービスの提供は設備を含めて導入費が数十億円になるという話で、IIJとしても大きな冒険となる事業だ。ただ、資金的にも技術的にもフルMVNO化できる競合は限られており、MVNEとして他社にSIMを卸せる立場になれるのは大きな魅力でもある。一体どのようなサービスが提供されるのか、それをうけてMNOや競合MVNOがどのような変化を遂げるのか、非常に楽しみでもある。