中庸な意見の人は情報発信を萎縮する傾向に
続いて田中氏が、「炎上の原因と対策」と題して講演。同氏は開口一番「炎上の社会的コストは情報発信の萎縮にある」と強調した。頻繁に発生する炎上に萎縮して、多くの人々が情報発信から撤退しつつあるというのだ。田中氏は次のように考察する。
「情報発信力の強いブログやTwitterから離れて、炎上しにくいSNSに移行しつつある傾向にある。しかも撤退するのは中庸な意見の人が多い。相手の話を聞いて理解しようという人は傷つき嫌気が差して撤退してしまうのだろう。誹謗中傷に負けないのは、意見分布の両極端の人が中心なので、どうしても“強硬派”ばかりになってしまうことになる。その結果、ネットでの議論は相互理解ための討議ではなく、非難と罵倒の喧嘩となるのだろう」
炎上1件あたりの平均的な参加者は、数千人程度と推定される。
「数千人は多いと思われるかもしれないが、そのほとんどは1つ呟くぐらいなので萎縮効果としてはさほど大きくはないだろう。問題は、そのうちの一部が当人に攻撃を加えるようになることだ。しかも攻撃は何度も繰り返されることになる」(田中氏)
1件の炎上の参加者数千人のうち、複数回書き込みをする者は数十人から数百人程度で、さらに当事者に直接攻撃する者は数人から数十人にまで絞られる。
「炎上で攻撃を行う一部の人は特異であるとも言え、彼らが大きな社会集団を代表しているとも思えない。このような一部の特異な人が大きな影響力を発揮している現状を、どう理解するかだろう」と田中氏は語る。
炎上は解決可能な問題
田中氏は、近代化の歴史を振り返りながら炎上についての考察を続けた。これまで世界は軍事革命、産業革命、情報革命を経てきたが、それぞれの時代には、軍事力、経済力、情報力という主要な力が存在している。そしてどの時代もその草創期には、一部の人間による情報の濫用が問題になったのである。
「情報革命の只中にある現在は、情報力に価値が置かれるため、人々は知恵、面白さ、尊敬といったものを求める傾向にある。それにはインターネットは格好のステージとなる。しかし過去の歴史の教訓から、情報発信力の濫用も解決できるはずだ。つまり炎上というのは解決可能な問題であるということ。解決策があるとすれば、例えば産業革命時には労働法制で労働者を守るなどして産業化を進めたのと同様に、情報発信力を伸ばすかたちで解決できるのではないか」と田中氏は主張した。
また、炎上という社会問題の解決策を考えるときには、攻撃者に原因を求めるのではなく、一人の情報発信力が強すぎるという現状に着目することが重要だという。
「インターネットがもともと学術ネットとしてスタートしたことに問題があるのだろう。研究者間では、教授だろと大学院生だろうと発信力が等しいというのは当たり前だからだ。このあまりに学術的なインターネットが、特異な人も含めた世界全体への適用に堪え得なかったことに、炎上の真の原因があると私は見ている」(田中氏)
こうした原因を踏まえて、田中氏はある程度有効な解決策として、新しいタイプのSNSの創出と炎上リテラシー教育について提案した。
まず新しいSNSというのはサロン型SNSとも呼ぶべきもので、そこでは発信と受信とが分離されている。書き込むのはあらかじめ決められたメンバーだけにしかできないが、読むのは誰でもというように、発信側と受信側が非対称となっているのである。そしてもう1つの炎上リテラシー教育は、丁寧な言葉づかいで話す、人に意見せず、意見に意見するようにするなどで、大きな炎上はリテラシーでは防げないものの、小規模な炎上であれば個人のリテラシーで対処できる可能性が高い。
「炎上をしのいで、情報発信を励ますようなリテラシーを普及させることも大切ではないか」と田中氏は呼びかけて、この日の講演を締めくくった。