子どもが小学校に入学すると、共働きの親に立ちはだかる「小1の壁」。PTA活動など学校や保護者との関わりが増え、親の勤務中に子どもを預かってくれる場所も限られてくることから、子育てと仕事の両立に課題がうまれやすいと言われている。
求められているのは、子どもたちの放課後の居場所だ。基本的には公立の学童保育を利用する家庭が多いと思うが、最近では「放課後の時間を充実させたい」「より長く預かってほしい」などの理由で、民間の学童保育を組み合わせて活用するケースも増えている。一方で送迎や利用料金など時間やコストがかかるため、全ての家庭で利用できるわけではないのが現状だ。
そこで注目したいのが、放課後NPOアフタースクールが運営している「アフタースクール」という取り組み。放課後の小学校を利用し、地域の人たちの協力を得ながらスポーツや食、遊びや学びのプログラムなどを子どもたちに幅広く提供している。
これまで東京都内を中心に15校を開校。子どもたちが通っている小学校から移動することなく利用でき、さまざまなプログラムを体験できるという点で注目が集まっている。 この取り組みは、今後どのような広がりを見せるのか。小1の壁の課題も含め、放課後NPOアフタースクールの平岩国泰 代表理事に話を聞いた。
アメリカでは社会インフラ化しているアフタースクール
――小1の壁、特に学童保育の問題はどうして生まれてきているのでしょうか
昔との根本的な違いは、地域で遊べる場所がなくなったのだと思います。昔は子どもたちだけで夕方まで公園で遊び、お母さんが働いているうちの子は遊んだ後に家に帰って親を待つという環境でした。
しかし公園は、不審者が出るなどの事件が起きたり、球技をしてはいけないなどの禁止事項が増えたりして、子どもたちの居場所ではなくなりつつあります。結果として学童保育などの預け場所が必要になったのです。
しかし現在、学童保育が不足していたり、部屋の広さに限りがあったり、バスの送迎などを使って民間の学童保育に通ったりするなど、窮屈な状況がうまれていると思います。私たちはその状況を、学校を活用し、子どもが過ごす場所を作り、さまざまな体験を提供する「アフタースクール」を広げることで解決していきたいと考えています。
――アフタースクールを始めようと思ったきっかけは何ですか
2004年、子どもができたことがきっかけですね。当時は下校中の子どもの連れ去り事件が多く起きていたのですが、そこで昔とは放課後が変わってしまったなと気づきました。昔は自由に遊べた公園に行っても子どもはおらず、家でゲームをしている。さらに遅い時間まで塾に通っています。その状況に疑問を感じていたのです。
そんな時、友人から「アメリカでアフタースクールを見てきた」と報告がありました。治安の問題から、アメリカでは子どもたちが地域で遊ぶのは難しい状況があります。そのため、子どもたちが通っている学校でそのまま遊び、さまざまなプログラムを体験するというアフタースクールが社会インフラ化していることを知りました。しかも、市が予算を出しているので保護者は無料で使えるところが多いです。
そのアメリカの取り組みにヒントを得て、「子どもたちの放課後を救え! 」という掛け声のもと、日本でも団体を立ち上げることになりました。
学校の活用にこだわる理由
――施設を借りるのではなく、学校の利用にこだわっているのはなぜですか
安心・安全ですし、場所としても教室や体育館、校庭などさまざまな場所が使える上に家賃もかかりません。例えば家庭科室などは、授業で使う時間はほんのわずか。子どもたちが使いやすいように作られたキッチンを2次活用、3次活用しなければもったいないと思います。家庭科室が使えれば、料理をしてみたいという子どもたちに、地域の人たちが料理を教えることだってできます。学校という場所ほど、子どもたちのやりたいことをかなえる可能性を持っている場所はありません。
家庭の状況に関わらず子どもたちが誰でも来られて、友だちと一緒に遊べる昔の公園のような役割も持っています。多くの友だちと遊ぶ場所として学校の価値は非常に大きくなっていますし、保護者としても安心ではないでしょうか。また、新たに学童保育の施設を建設することなく始められるので、スピード感を持って「小1の壁」の課題を解決できます。
――子どもを預かる時間内に行うプログラムも充実しているようですね
その学校によって内容は異なるのですが、大事にしているのは「子どものいいところが見つかる」ということです。プログラムの内容が限られてしまったり、塾のような学習だけに偏ったりしてしまうと、その内容が苦手な子だっているわけですよね。自分が何が好きで何が得意なのか、できるだけ幅広いプログラムを提供することで、見つけてほしいです。「みんなちがってみんないい」という多様性が放課後の良さです。
それから"子どもたちが何をしたいか"ということも大切にしています。「お母さんを体験してみたい」という子どもがいたときは、保育園と協力して乳幼児のお世話をするプログラムを組みましたし、迷路を作ってみたいという要望に応え、ダンボールを使って体育館内で大迷路を作るアクティビティも実施しました。子どもたちがチャレンジして自分たちで自分たちのやりたいことをかなえています。
――そのようなプログラムを実施するにはとてもコストがかかると思うのですが
地域の人たちに協力してもらって実現するプログラムが多いです。私たちは「市民先生」と呼んでいるのですが、例えば料理や楽器などの得意な人たちがボランティアで教えてくれます。地域には探せばそのような方々がたくさんいます。今までに私たちは500種類以上のプログラムを開発し、そのプログラムを運営するために3,000人以上の市民先生が参加してくれました。現在も日々増えていますので、もう数えきれなくなっています。
また、例えばピアノの習い事をしたいという子どもたちの願いもかなえたいと思っています。学校の音楽室にピアノはあるわけです。地域にピアノ講師がいるのなら、学校で教えてもらってその分の謝礼を保護者に払ってもらうという方法もあります。講師が自分で募集をしたり、場所を用意したりしなくて良い分、謝礼を少し低めに抑えてもらうことができます。
現代は習い事が少々過熱し過ぎているように思いますが、学童保育に通っていると習い事ができないというのは残念だと思っていて、子どもが習い事をしたいのであれば、やらせてあげたいです。一方で、大人が子どもにこう過ごすべきだと決める必要はないですし、ごろごろしたり、漫画を読んだりする時間があるのも貴重ではないでしょうか。子どもたちにいろいろな選択肢があり、「自分の過ごしたい放課後」を選択できるといいなと思っています。
アフタースクールの広がり
――これからアフタースクールを広げていく難しさはありますか
人、場所、お金に課題があります。まず「場所」では、法律上学校の活用には制約がないのですが、縦割りの問題があります。学校は文科省の管轄。学童保育は厚労省の管轄なのでそれぞれ別物というスタンスになってしまうのです。また、放課後の運営は私たちのような放課後事業者に移っているのでその必要はないのですが、学校の中で何かトラブルが起きれば、それが放課後であっても責任を感じてしまうという先生が多いのも課題です。
実際、せっかく学童保育を学校で実施しているのに、グラウンドと体育館しか使用できないところもあります。図書館にも入れないところがほとんどです。学童保育には本がないところが多いのが現状。図書館にはせっかくたくさんの本があるのだから、開放して読ませてあげればいいと思うのですが……。
――人とお金の問題はつながるような気がしますね
週5日開校しようとすると、あるところからボランティアでは運営が難しくなります。そこに有償の人員を配置する予算をつけるという決断ができる自治体が少ないです。どれだけ自治体がお金を付けてくれるのか。放課後の重要性や保護者の切実な声、取り組みの効果を啓発していく必要があると考えています。
23区では学校内の学童が充実も、プログラム内容はまちまち
――学校の中で放課後に子どもを預かる事業は都内で増えているように思います
子どもたちの放課後支援というのは、厚生労働省が所管する「放課後児童クラブ」(通称学童保育)と文部科学省が所管する「放課後子ども教室」というのがあります。前者は共働き世帯の子どもを毎日預かるという趣旨で、後者は共働きいかんに関わらず全ての子どもたちが参加できますが、月に数回の開催などが多い全児童対策です。これらは別々の事業として進められてきました。
しかし現在、国は「放課後子ども総合プラン」を掲げ、この2つの事業を一体化して運営、さらにできるだけ学校内で行うよう推進しています。そのような国の旗振りも奏功し、学校内で放課後を過ごす取り組みは増えてきています。
――アフタースクールのように、学校で預かりもプログラムも提供する自治体が増えているということですね
そうですね。特に東京23区では先進的な自治体も多く、世田谷区、渋谷区など多くの区が実施しています。公設民営で、株式会社やNPO法人などが運営しているケースも増えています。
――それでも民間の学童保育を活用している親は多いですね
学校を利用するといっても校庭で子どもたちを遊ばせておくだけだったり、季節のイベントを実施する程度にとどまっていたりするところも多いと思います。どこまで熱心にプログラムを実施するかは、運営主体によってまちまちです。そんなとき、子どもに充実したプログラムを受けさせたいと考え、民間を選ぶ親も多いのではないでしょうか。子どもたちはそのような親の思いとは裏腹に、「校庭で遊ぶ」ことが大好きな子も多いのですが。
民間の学童保育を使う大きな理由はやはり預かり時間が関係していると思います。公立の学童保育は18:30までなどのところも多く、保育園より預かり時間が短くなるケースもあるからです。
――アフタースクールは何時まで預かってくれるのですか
基本的に自治体の方と定めた基準にのっとりますが、基本的には19時までです。もちろん、21~22時まで預かってほしいという声もあるのですが、子どもの精神衛生上、19時がギリギリの線だと考えています。
女性の社会進出を本気で支えるためには、「子育て施設の充実」に加えて「長時間労働の是正」と「夫婦での家事分担」の3つの矢が並行して走ることが必要だと感じています。
まずは1都3県内にモデル校を
――今後、アフタースクールをどのように広げていこうと考えていますか
まずは、1都3県を中心にモデル校となるようなアフタースクールを20~30校作った上で、他の団体が全国でアフタースクールを作っていくためのお手伝いをしたいです。自分たちの団体だけで増やしていくとなると時間がかかりますので、さまざまな皆さんと力を合わせて進めたいです。
NPO法人は組織の拡大だけではなく、自分たちのモデルを広げていって、社会問題の解決を目指します。全国のさまざまな自治体をお手伝いし、多くの団体に「子どもたちのための放課後」を作っていってもらいたいと考えています。
――子どもたちのことを考える、地域の拠点となっていったらいいですよね
最近、世の中のさまざまなことがアウトソーシングになったと感じます。子育てもどんどんアウトソーシングされていって、保護者と子どもを預かる事業者が、お客さんと事業者みたいな関係性になってしまっています。しかし本来は、保護者と私たちのような子育てを担う組織は、パートナーやチームメイトといった関係にあるべきなのではないかと思っています。
そのためには、顔を合わせて「私たちは子どもたちを一緒に育てる仲間だ」とお互いに言い合い、話し合う必要があると思います。私たちもアフタースクール運営において、子どもたちのケアで行き届かないことはでてきます。そこで保護者の方からご指摘を頂くこともあるわけですが、例えば母の日や父の日などのタイミングで保護者にアフタースクールに来ていただき、顔を合わせて話すとけっこうな問題が解決します。組織やスタッフの人となりや考え方、やり方も理解してもらえますし、仲間だと思ってもらえるからです。
本来、親も先生もそして地域の人たちも、「子どもたちを立派に育てたい」という気持ちは一緒のはず。それに甘えてサービスの質を落とそうとは思いませんが、「もともとは仲間ですよね」という認識をより色濃くしていき、保護者と先生と地域が一体となって子どもたちを見守っていきたいです。
そのような「社会全体で子どもを育てる」のが日本の良さだったと思いますし、それが実現するアフタースクールや豊かな放課後を全国に広げていけたら、会社を辞めて放課後にかけた自分にとっては本望です。多くの自治体や学校や市民からぜひ声をかけていただき、もっと広げていきたいと願っています。