「とろ~りチーズが入ったデミハンバーグ定食」「ごろごろチキンカレー」「ケイジャンチキン定食」「チキンと茄子のグリーンカレー」といった、牛丼チェーンには珍しい定食メニューが「松屋」では展開されてきた。松屋ファンからすると、「どうしたんだ松屋!?」と度肝を抜かれることもあっただろう。月に2回ほど新商品が発売されるたび、筆者もまた心を躍らされているわけだが、これらの新メニューはいかにして生まれるのだろうか。松屋フーズ商品開発部商品企画グループのグループマネージャー久岡利至さんにうかがった。
毎朝行われる企画会議、1月に2つの新メニュー
――まず初めに久岡さんについてうかがわせていただきます。久岡さんは入社されて以来ずっと開発担当なのでしょうか。
社歴は、1999年に入社して今年で17年目になります。以前は営業の統括を行ってまして、商品開発部は2013年からです。ちょうど「プレミアム牛めし」の開発が始まったときです。
――なるほど、ありがとうございます。「プレミアム牛めし」開発の話が気になって仕方がないですが、まずは商品開発の流れについてうかがいます。新メニューの商品開発はどういった流れで行われるのでしょうか。
まず企画会議で商品を設計してから、工場で検証を行います。その後、店舗で提供できる形に調整してから、経営陣に提出。そこでOKが出たら、商品発売です。つまり、発案から、その商品がお客さまの口に届くまで携わります。1つの商品の開発に平均して2カ月くらい。長いものは1年くらいかかりますね。
――短くて2カ月……、十分長いように感じますが?
アイデアを商品化することには、そこまで時間はかからないんですよ。それこそ1日で完成した商品もあります。しかし、店舗で提供できる形にするのに時間がかかります。どんなにいい商品ができても、店舗で再現できなければ、その商品の設計はダメ。調理工程や盛り付け回数はシンプルでなくてはいけません。もちろん品質を落とすことはできないので、いかにそこを保ちつつ、工程を切り崩していくか……ここが大変なところですね。
――そんな苦労があったとは……。てっきり商品を考えて形にするまでの工程に1番時間がかかるのかと思っていました。新商品を考えるとき、アイデアが尽きることはないのでしょうか。
私1人で考えているのではなく、商品開発部員全員で会議をしているので、そういったことはあまりないですね。新メニュー開発の企画会議は毎日行っていますが、アイデアは日々の積み重ね。過去に開発した商品やボツになった商品から着想を得ることもあります。
――毎日なんて大変でしょう! ちなみに今日はどんな商品が会議に上がりましたか。
毎日といってもボツの山ですよ(笑)。今会議している商品は、具体的には言えませんが秋冬の新メニューです。このインタビューの取材を受ける直前まで試食をしていました。
――ついさっきまで試食をされていたとは。やはり開発部は試食が多いんですね。1日でどのくらいの量を食べるのでしょうか。
設計段階では1番長くて、朝から夕方までひたすら食べ続けることもあります。例えば、肉を50秒焼いたときの食感、40秒焼いたときの食感、30秒焼いたときの食感を食べ比べることもありますし、わざと冷めた商品を食べることもあるので、何口食べたかは数え切れません。同時並行でメニューを開発しているときは、ひたすら食べ続けますね。
――……2013年に商品開発部に異動になったとうかがいましたが、それから体形は変わったのでは?
10kg太りました(笑)。異動になるとわかったときに、「これは太る」と思って10kg痩せたんですけど、元に戻りましたね。開発を続けていると、ひと口を延々と食べ続けることはできるようになったんですが、逆に通常の食事で1食分を食べようとすると食べきれなくなってしまいました。休みの日も常に食べている方が楽なんですが、最近はセーブしています。
――体形だけでなく、体質が変わっている……。気になっていたのですが、普段他の牛丼店にも食べに行かれるのでしょうか。
よく行きますよ。プライベートでも行きますが、開発のためにチェックは欠かせません。牛丼チェーンだけでなく、コンビニエンスストアやスーパーマーケットの牛丼、ほかにも流行のお店もよく食べますね。
開発に最も時間をかけた「プレミアム牛めし」はどのようにして生まれた?
さすが商品開発者といったところだが、久岡氏は「他の飲食業の方もやっていますよ」と謙遜気味だ。それでは、実際の商品開発についてうかがってみよう。早速、気になっていた「プレミアム牛めし」の開発秘話を聞かなければ……!
――具体的な商品開発のお話をうかがわせていただきます。久岡さんが商品開発部にきたのは「プレミアム牛めし」からでしたよね。まずはその時の話を聞かせてください。
「プレミアム牛めし」は、開発に最も時間がかかりました。それこそ1年くらいですね。設計と検証を何度も繰り返しました。
――通常の「牛めし」で使用する冷凍保存の牛肉ではなく、低温保存の「チルド肉」を使用していますよね。新しい肉を扱うのは大変だったのでは?
多い時は1日に10回ほど試食を繰り返し、食べては検証して、食べては検証して……そんな日々でした。牛めしで使うような薄い肉って冷凍のものが多いんですよ。チルドのよさを味わってもらうには、柔らかさが生まれるので厚い肉のほうが適している。それを薄い肉で再現するのは難しかったですね。
――やはり肉にはこだわっていたんですね。そのほかにどういったこだわりがありましたか。
通常の商品開発では、本社で設計と試食を行い、工場で店舗で提供できる形にできるよう検証するのですが、「プレミアム牛めし」の場合は設計と検証を繰り返す必要があったため、設計の段階から工場で検証をしていました。工場でああしよう、こうしようって考えて、ダメだったらまた設計から練り直しという工程の繰り返しです。工場の人とも協力し、「われわれが求める肉質はこうだ」と伝える話し合いもたびたびありましたね。
開発に最も時間を労した「プレミアム牛めし」。そのこだわりは、食べているだけでは分からないことだらけだった。さて次は、こちらも松屋が力を入れている定食について。ここ最近、「ケイジャンチキン定食」や「とろ~りチーズが入ったデミハンバーグ定食」から見るに、かなり冒険しているように感じるが、実際はどうなのだろうか。