毎年6~7月頃にかけて、世界遺産の新規登録物件について審議する「世界遺産委員会」という会議が行われます。2013年の「富士山」の登録以降、毎年のように日本からも世界遺産が誕生していますが、この会議において決定されています。

2016年の舞台はイスタンブール。イスタンブールを代表するスルタンアフメト・モスクは、青い装飾やステンドグラスの美しさからブルー・モスクと呼ばれています。ここも世界遺産に登録されています

世界遺産アカデミーの研究員である筆者は、日本からの推薦物件の行方を含めて、他国の物件についても「おお、これが登録されたか! 」とか「ここ、ついに危機遺産に登録されたのね」と会議中は日々情報をアップデートする必要があり、テンションが上がる時期となります。2016年の会議は7月に開催されるのですが、少しばかり注目ポイントをご説明しますね。

ミクロネシア、初の世界遺産になるか!?

まず会議は、世界遺産を保有している国の中から持ち回りで開催地が選ばれるのですが、第40回となる2016年はトルコのイスタンブールで7月10日~20日にかけて開催されます。イスタンブールといえば、まさに歴史地区として旧市街全体が世界遺産に登録されています。

イスタンブールはアジアとヨーロッパの接点であり、非常に魅力的な都市なのですが、テロが相次いでいることが少し心配です。過去には、2011年に開催を予定していたバーレーンが、中東の政情不安定という理由によって開催地が変更となったことがありました。もう開催まで2週間をきっていますので、おそらく土壇場で変更ということはないかと思いますが気にかかります。

今回は29件の物件が審議される予定です。内訳は文化遺産16件(拡大1件含む)、自然遺産9件、複合遺産4件です。例年40件前後が審議されているので、2016年は少ないという印象なのですが、これは今年の審議から、諮問機関の勧告(専門家が事前調査を行い、登録に値するか否かを4段階にわけて勧告します)が出る前に中間報告を受けることが可能になったという制度の変更が影響しています。「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が推薦を取り下げにしたのも、文化遺産の諮問機関であるイコモスから、中間報告の時点でストーリーや構成資産の見直しを要請する指摘を受けたからでした。

そして、諮問機関から登録勧告を受けているのは29件中13件です。これらはほぼ間違いなく登録されるでしょう。勧告が登録ではないとしても、会議の際に逆転することもあるので何件かはプラスされると思います。

国立西洋美術館の正面(ファサード)は地味ですが、コルビュジエの特徴が随所に表れています

さて、日本からの推薦物件は、「国立西洋美術館に世界遺産登録勧告! なぜ長崎の教会群の陰に隠れていたのか? 」でも紹介している通り、「国立西洋美術館」です。フランスなどを含む7カ国の共同推薦となりますが、もし登録されればそれぞれの国の遺産が1件ずつ増えることになります。ただし、全体数で見ると1件増です。

ミクロネシアの推薦物件、ナン・マトール。いまだ歴史や用途などよく分かっていない巨石遺跡です

新規登録物件で注目なのは、これまでに世界遺産を保有していなかった国からの初登録です。世界遺産登録の戦略上でも、世界遺産をもたない国からの登録を強化するようにしています。2015年はシンガポールやジャマイカから初登録が出ました。2016年はミクロネシア連邦の巨石遺跡とアンティグア・バーブーダの海軍造船所跡が推薦されていのですが、いずれも諮問機関から登録勧告が出ているので、初登録となりそうです。

ブラジルからは斬新な発想が光るあの地区

建築オタクの筆者が個人的に気になるのは、ブラジルの「パンプーリャ近代建築群」です。この地名を聞いたことのある方は少ないかと思いますが、実は、世界遺産として登録されている『ブラジリア』への遷都を1960年代に推進したクビチェック大統領が、大統領になる以前に市長を務めていた1940年代に開発した地区なのです。地区の主な建築設計を行ったのが、やはり『ブラジリア』と同じくオスカー・ニーマイヤーなんですね。

2015年7月から開催されていたオスカー・ニーマイヤー展の展示です。右の写真はパンプーリャ地区の模型の一部なのですが、まさかここが世界遺産を目指していると思わず、写真もおざなりになってしまいました

2015年に東京現代美術館で開催された、「オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男」という展覧会では模型が展示されていたのですが、訪問時にはそこが暫定リストに入っていると全く知りませんでした。湖の周りに教会やダンスホールなどを建設した公共プロジェクトなのですが、規模としてはこじんまりしているものの斬新な発想が光ります。

ここも登録勧告されているのでおそらく登録されると思います。オリンピックを控えているブラジルとしてはいいニュースになるでしょうし、近現代建築に関わった人物の遺産が別々に登録されるというのは非常に珍しいかと思います。

中国・湖北省の森林地帯、神農架。村人の合言葉は「野人は見たか? 」……キワモノのにおいがするのは筆者だけでしょうか

他にも中国が文化、自然それぞれ1件ずつ推薦しており、またもや登録数を延ばすことが見込まれます。ちなみに自然遺産候補の「神農架」(中国語読みでシェンノンジア)は、伝説の未確認生物・野人が目撃されているという秘境です。登録された暁には、野人が見つかるのか、あるいは伝説のままで終わってしまうのかも気になるところです。

世界遺産委員会の審議は、各種規定の見直し→危機遺産の審議→新規登録物件の審議、の順番で進みます。日本からの世界遺産誕生を含め、新情報が出ましたらまたご報告したいと思います。

筆者プロフィール: 本田 陽子(ほんだ ようこ)

「世界遺産検定」を主催する世界遺産アカデミーの研究員。大学卒業後、大手広告代理店、情報通信社の大連(中国)事務所等を経て現職。全国各地の大学や企業、生涯学習センターなどで世界遺産の講義を行っている。

世界遺産検定とは?

世界遺産の背景にある歴史、文化、自然等の理解を深め、学んだことを社会に還元していくことを目指した検定。有名な観光地のほとんどは世界遺産になっているため、旅の知識としても役立つと幅広い世代に人気。
主催:世界遺産アカデミー
開催月:3月・7月・9月・12月(年4回)
開催地:全国主要都市
受検料:4級2,670円、3級3,900円、2級5,040円、1級9,250円、マイスター1万8,510円、3・4級併願6,060円、2・3級併願8,220円
解答形式:マークシート(マイスターのみ論述)
申し込み方法:インターネット又は郵便局での申し込み
その他詳細は世界遺産検定公式WEBサイトにて