映画監督に出演役者の印象を伺っていく「監督は語る」シリーズ。今回とりあげるのは、俳優・長谷川博己(39)。数多くの舞台に立ち、故・蜷川幸雄さんにも才能を見出された役者の一人。2010年放送のNHKドラマ『セカンドバージン』で世間から広く注目を集めるように。その後『鈴木先生』『家政婦のミタ』など立て続けにヒット作に出演し、2016年には主演作『シン・ゴジラ』も控えている。

映画『二重生活』(6月25日公開)では、門脇麦演じる大学院生・白石珠からある日突然尾行されはじめる編集者・石坂史朗を演じる。誰が見ても幸せそうなエリート一家の裏にある秘密を、珠だけでなくスクリーンの観客にも晒していくこととなるが、役者として冷静に作品と向き合っていたという。

岸善幸監督(右)
1986年、テレビマンユニオンに参加以降、数々のドキュメンタリー番組を手がける。演出の他プロデュースでも、多くの優れた映像作品を生み出す。綿密な取材に基づいた構成、演出には定評があり、各局から指名を受ける数少ないディレクターである。NHK「少女たちの日記帳 ヒロシマ 昭和20年4月6日~8月6日」は放送後に多くの反響を呼び、サンダンス映画祭ではノミネートこそ逃すものの国内外の選考委員に高く評価された。2012年元旦から放送されたNHK大型ドキュメンタリードラマ「開拓者たち」(全4話)や東日本大震災被災地でロケを敢行した「ラジオ」など、ドキュメンタリーで培った独自の演出方法は、俳優陣からも絶大な信頼を得ている。

長谷川博己の印象

長谷川さんは本当に真面目ですね。キャリアのある俳優さんなので、作品全体のことを俯瞰しながら台本を読み込んだ上で、どう演じていくのかを考えてもらえました。本人は、実際に家族を持っているわけではないので「深みを出すのが難しいんじゃないか」と最初は躊躇したそうですが、役について話し合った結果演じてもらったものが、登場人物の中で一番エネルギーがありました。

また、長谷川さんはコメディをたくさんやっているじゃないですか。コメディを演じられる役者さんって、体の中から出てくる言葉や動きを、すごく大切にしていると思うんですよ。そういう方だから、黙って何を考えてるのかわからない表情をしてもらった時に効くんですよね。いい意味で、不気味というか、不穏というか。見ている方がざわっとするような表情を見せてもらえました。

撮影現場での様子

僕はその場でセリフを変えてもいいというスタンスの演出をするんですが、ラストに近づく場面ではかなり長谷川さんの意見を取り入れています。芝居を決めすぎないよう、あえてト書きを曖昧にしておいたのですが、結果としてシーンに深みが出たと思っています。長谷川さんが全体を見て、冷静に演じてくれたおかげですね。

あとは長谷川さん演じる石坂と愛人の女性が、ビルとビルの間で……というシーン。男性だけでなく、女性も持っているエロさをあの"隙間"に集約しました。長谷川さんは映画全体から見て必要なシーンに、本当に真面目に取り組んでくれる方なので、撮影現場でも全く戸惑いは見られませんでした。

おすすめシーン

自分を尾行していた人間と対峙した後、立場が逆転して強くなっていくシーンでしょうか。得体の知れない表情に、長谷川さんの演じている役の内面が浮き出てきて、とても見ごたえのある場面になっていると思います。

あと、初めて珠と目を合わせるシーンがあるんですが、あの場面の長谷川さんはすごく色気がある。これまで尾行を続けていた珠の目線では、石坂まで距離があって、細身で軽やかな印象だったのが、珠を認識した瞬間から実体のある、生身の男になった。その時の顔は、凄まじいほどに色気がありました。

■作品紹介
映画『二重生活』
大学院で哲学を学ぶ珠(門脇麦)は、修士論文の準備を進めていた。担当の篠原教授(リリー・フランキー)は、ひとりの対象を追いかけて生活や行動を記録する"哲学的尾行"の実践を持ちかける。同棲中の彼(菅田将暉)にも相談できず、尾行に対して迷いを感じる珠は、ある日、資料を探しに立ち寄った書店で、マンションの隣の一軒家に美しい妻と娘とともに住む石坂(長谷川博己)の姿を目にする。作家のサイン会に立ち会っている編集者の石坂がその場を去ると、後を追うように店を出る珠。こうして珠の「尾行する日々」が始まった。6月25日公開。

(C)2015『二重生活』フィルムパートナーズ