先行して市営地下鉄に電子マネーを導入していた交通局へ相談を持ち掛けたところ、いくつかの決済ソリューションを紹介されたと、同局客船事務所 経営改善計画担当の森幸一郎氏は語る。

福岡市港湾空港局客船事務所 経営改善計画担当 森幸一郎氏

「リッチクライアントの有線ネットワークを使うもの、シンクライアントで有線および無線ネットワークを使う3つのソリューションが候補に挙がりましたが、離島を含む7つの待合所すべてに導入することを考慮すると、有線ネットワークの敷設工事は初期コストを押し上げる要因となりました。離島にもインターネット回線は開通しているのですが、待合所まで通信線を引き込む工事は必要でした。通信にかかるランニングコストも含めたトータルコストの面で、シンクライアント+無線ネットワークのソリューションである『シンカクラウド』が最善で、他のソリューションに比べて約半分に抑えられました」(森氏) 「シンカクラウド」はトッパン・フォームズのグループ会社であるTFペイメントサービスが開発した電子マネー決済ソリューションで、ソフトバンクのSoftBank 4G LTEデータ通信ネットワークを利用することで、従来利用コストが非常に高額だった交通系電子マネー決済を安価なインフラコストで導入可能にしている。「シンカクラウド」は福岡市が発行する「はやかけん」はもちろんのこと、JR東日本の「Suica」や首都圏の私鉄・バスの「PASMO」、そのほか「nimoca」「SUGOCA」「TOICA」など、「はやかけん」と相互利用可能な交通系電子マネーが利用可能なため、市外から訪れる行楽客の利便性も向上する。通信環境については、電子マネー決済を実施するには通常の通信品質よりも厳しい基準があるのだが、本土から最も遠い小呂島を含めすべての待合所で安定的に電波を受信できるのはSoftBank 4G LTEだけだという。

「導入・運用コスト、通信品質に加えて、不具合があった時のサポート体制についても、TFペイメントサービスは電話による対応を用意していたことが『シンカクラウド』を選択した決め手になりました。特に小呂島は本土から片道65分で1日1~2便しかない離島ですので、問題が生じた際に土日や夜でも電話対応してもらえるサポート体制は重要でした。また、窓口職員への操作教育もTFペイメントサービスに担当してもらったので、客船事務所は研修業務を負担せずに導入を進められました」(森氏)

「シンカクラウド」による発券業務の流れは、乗船客が窓口で希望する券種を告げると、職員がタブレットを操作して発券すべき項目をタッチパネルで選択。するとカードリーダーが読み取り可能状態になるので、乗客がICカードをかざして決済を実行する。決済が完了するとレシート専用プリンターから乗船券と領収書、窓口の控えが印刷される。職員は乗船券と領収書を乗客に手渡して完了だ。各待合所では、障がい者とその介助者を対象とした割引切符の支払いで電子マネーが利用できるほか、繁忙期には券売機の混雑緩和に窓口でのICカード利用も期待されている。

窓口担当者が乗船客の求める切符をタブレットから選択すると、ICカードリーダーが読み取り可能の状態になる

窓口の外側に設置されたICカードリーダーに「はやかけん」をかざして決済完了

決済が終わると乗船券と領収書が手渡される

7つの待合所の窓口に「シンカクラウド」が導入されたのは2016年4月。5月末の取材時はまだ提供が始まったばかりで定量的な導入効果は未集計だったが、利用客からは券売機以外でも電子マネーが使えるようになって好評だという。ただし電子マネーの利用率は券売機も含めてまだ全体の10%未満。今後は新サービスを周知していくことが求められる。

「まだ利用頻度が低いので窓口職員は発券操作をなかなか習熟できないでいるようです。これについては日々の業務で慣れてもらい、秋の本格的な行楽シーズンには発券業務の効率化につなげたいと思っています」と、森氏は今後の取り組みに意欲を見せた。

鉄道の改札でお馴染みのタッチ式ICカード対応機は導入に数億円を要するほか、ICカード発行事業者への手数料も発生するため、規模の小さい事業者ではコスト負担の重さから導入に二の足を踏んでいるのが現状だ。しかし本事例で紹介したように、高齢者や障がい者向けサービス向上に電子マネー決済を導入するのは、暮らしやすい社会をつくるうえで不可欠な取り組みといえよう。「シンカクラウド」のような安価で電子マネー決済の導入を可能にするソリューションのさらなる普及に期待したい。