4月29・30日の2日間にわたって開催された「ニコニコ超会議」は、昨年同様15万人超の来場者を動員した。まず成功といって差し支えない結果だろう。これだけの数字を達成できた理由は様々考えられるが、大きな原動力の一つとなったのが「超歌舞伎」であることは間違いない。
「超歌舞伎」はその名の通り、「ニコニコ超会議」と歌舞伎がコラボレーションした大型企画。幕張メッセのイベントホールを使用し、2日間で5回公演を行った。
もっとも、単純に超会議内で従来の歌舞伎を上演するという安易なコラボではない。メインとなるキャストは中村獅童と初音ミク。そう、実際の歌舞伎役者と、バーチャルの歌姫が同じステージで共演を果たしたのだ。
公演の模様はすべてニコニコ生放送で無料配信され、会場側に設けたモニターにも視聴者コメントが反映された。スクリーンを使って映像を流したり、セリフを表示したりと、従来の歌舞伎の枠にとらわれないユニークな演出も次々に飛び出した。
どれもニコニコ動画のライブステージであればそれほど珍しくない試みだが、歌舞伎と組み合わせるとなると話は別。超会議で単純に歌舞伎を上演しても仕方ないのと同様、無理にニコニコユーザーに寄せすぎると、今度は歌舞伎の良さを殺しかねない。
おそらく歌舞伎側が超会議とコラボしたのには、若年層のニコニコユーザーに歌舞伎の魅力を伝えたいという狙いがあるのだろう。それなら、あまりにも本来の歌舞伎とかけ離れたモノにしてしまっては意味がない。
「超歌舞伎」は、歌舞伎ビギナーであるニコニコユーザーが楽しめる内容にしつつ、本来の"歌舞伎"としても面白くなければならないという非常に難しいお題だったのだ。
一体、どんなステージになるのか。超会議当日、実際に「超歌舞伎」を観覧した。
「超歌舞伎」の公演タイトルは「今昔饗宴千本桜」。古典ではなく、この「超歌舞伎」のために作られたオリジナルの演目である。大ヒットボーカロイド曲「千本桜」がモチーフになっているのはニコニコユーザーならすぐにピンとくるはず。
しかしそれだけではない。実は歌舞伎にも「義経千本桜」という有名な演目があるのだ。ニコニコと歌舞伎、二つの「千本桜」が融合した、まさしくコラボレーションと呼ぶべき演目である。もちろんボカロ曲「千本桜」が歌舞伎を意識して作られたわけではないからまったくの偶然ではあるのだが、ニコニコユーザーへの認知度を考えても「千本桜」はベストチョイスだろう。ちなみに歌舞伎「義経千本桜」には「初音の鼓」が登場するからちょっと驚きだ。いろいろと出来過ぎである。
そうして始まった「超歌舞伎」。まずはいきなりステージ上のスクリーンに映像が流れる。美麗なCG映像を駆使して物語の背景となる設定が語られるのだ。
「今昔饗宴千本桜」の世界観は3つの時代を舞台とする壮大なもの。中村獅童演じる佐藤忠信はかつて千年前の神々の時代に千本桜を守護する白狐が転生した姿であり、また未来においては大正百年の帝都桜京の靑音海斗でもあった。
一方の初音ミクは平安、そして千年前においては千本桜を守護する美玖姫であり、大正百年では初音未來として海斗と共に千本桜を守る役目についている。
物語が動き出すのは平安の時代。千年前に千本桜を狙った邪悪な青龍(澤村 國矢)が再び姿を現し、美玖姫と佐藤忠信に襲いかかる。千本桜を狙う者と守る者の激しい戦いが幕を開けた――。
二つの「千本桜」からインスピレーションを得て作られた設定はシンプルでわかりやすく、歌舞伎ビギナーにも入りやすい。ボーカロイドと歌舞伎、どちらにも敬意を払ったストーリーだったと思う。
演出面では初音ミクのライブイベントなどで使用されている透過スクリーンが今回も大活躍だった。初音ミクをその場にいるかのように映し出すことはもちろん、青龍が初音ミクに向かって放つ火の玉もうまく再現。演出面でもしっかりと活用されていて感心させられた。これらはニコニコ動画が超会議や大会議といったイベントで培ってきた技術。それが伝統芸能である歌舞伎にもマッチするのだからすごい。
こうしたニコニコカルチャーとの融合に加えて、スポンサーを務めるNTTの最新技術がふんだんに活用されていた超歌舞伎だが、一方で歌舞伎ならではの楽しみ方もしっかりと存在していた。
たとえば冒頭では、中村獅童と初音ミクが裃姿で登場して「口上」を披露。その中では「屋号」に関する説明もあり、ニコニコユーザーもすぐに理解した様子で、公演中は「萬屋」「初音屋」「紀伊國屋」という掛け声が会場に響いていた。面白いのはニコニコ生放送でも同様のコメントが流れていたこと。なるほど、これが歌舞伎におけるニコニコのコメント機能の理想的な使い方だったのかと納得してしまった。
コメントの使い方で感心したのは中盤から終盤にかけての流れ。まず中盤、佐藤忠信(中村獅童)の台詞の中で「ニコニコユーザーのコメント」というメタ的な単語が飛び出すのだが、これがニコニコ生放送と会場の一体感をもたらし不思議な連帯感を生み出していた。
さらに終盤、佐藤忠信と美玖姫は青龍の強大な力を前にピンチに陥ってしまうのだが、ここで佐藤忠信は「言の葉の力を借りなければならない」と叫ぶのである。「言の葉の力」とはもちろんニコニコ生放送視聴者のコメントのこと。ユーザーもすぐにそのことに気づいて応援のコメントを打ち込み、それが弾幕となって会場側のモニターに流れるのだ。「言の葉の力」がコメントを指すことをスムーズに理解できたのは、中盤でのメタ発言があったからだろう。あくまで想像だが、あの発言はクライマックスの演出をスムーズに進めるための伏線でもあったのではないか。だとしたらうまい構成だ。
そしてラストの大立ち回りでは、中村獅童と澤村國矢が存分に歌舞伎の技を見せつけてくれる。圧巻だったのは中村獅童が分身する場面。これはNTTの「被写体抽出技術」という最新技術を使ったもので、リアルタイムで中村獅童の輪郭を切り抜き、3D化して透過スクリーンに映し出しているのだ。単なる切り抜き合成ではないので、本当に中村獅童が複数人いるかのような存在感がある。これには会場やニコニコ生放送のコメントでも驚きの声が上がっていた。
エンディングで流れるのはもちろんボーカロイド曲「千本桜」。ここでは中村獅童が自ら観客を煽り、観客もスタンディングで大盛り上がりとなっていた。最後だけ見ると、まるで人気アーティストのライブコンサートである。歌舞伎ではこんなことはありえないだろうけど、これはこれで新しい歌舞伎の形として面白いんじゃないかという気がした。
「ニコニコ超会議」と組んだことでずいぶん斬新な舞台となった「超歌舞伎」。ただ、歌舞伎がずっと大衆娯楽だったことを思うと、むしろ今回のようなスタイルこそが本来の歌舞伎の考え方に近いんじゃないかとも思えてくる。
ニコニコと歌舞伎。一見すると完全に逆を行くカルチャーだが、実は根っこは同じところにあるのかも。そんなことを考えさせられたすばらしい1時間だった。