ヒマラヤの名峰「マナスル」。1956年5月9日、日本の登山隊が世界で初めて登頂に成功した。初登頂60周年と、ネパールと日本の国交60年を祝う街フェス「ザ・マナスル・デー」が、都内の神田神保町にておこなわれた。そこで目にしたカシオのアウトドアウオッチ「PRO TREK」の限定モデルを紹介しよう。

会場のひとつ、一橋大学一橋講堂では、当時の記録映画上映や登山隊関係者によるトークショーをはじめ、貴重な資料を展示。また、大通りにはイベントブースやネパールフードなどの出店が並ぶなど、大型連休最後の日曜ということも相まって、多くの人々で賑わっていた。

登山家垂涎! 霊峰マナスルへの畏怖と敬愛を凝縮したPRO TREKスペシャルモデル

世界には8,000mを超える山々が計14座あり、そのすべてがヒマラヤにある。中でもサンスクリット語で「精霊の山」を意味する8,163mの「マナスル」は、唯一、日本登山隊が1956(昭和31)年5月9日に世界初登頂に成功した山だ。現地でも「日本の山」との称号を得ている。ちなみに、これら全14座からシシャパンマを除いた全13座のうち、アジア人が世界初登頂を達成したのはマナスルだけなのだ(8,027mのシシャパンマは中国領内にあり、中国人の初登頂が国策としておこなわれたことから、これを例外とする)。

この登頂成功を機に、1956年の秋にはネパールと日本の国交が樹立。マナスルは双方の国にとって特別な意味を持つ山なのだ。

ケースにセットされたマナスル登頂60周年記念スペシャルモデル

会場のPRO TREKブースでは、5月9日から発売となる「PRO TREK MANASLU」のマナスル登頂60周年記念スペシャルモデル(PRX-8163YT-1JR)を展示した。スペシャルモデルは世界300本限定で、価格は20万円(税別)だ。

速く正確に、高度計測/気圧・温度計測/方位計測が可能なトリプルセンサーVer.3を搭載し、ボールドデザインのダイヤルとデジタル窓による高い視認性、そして快適な装着感の薄型ケースとチタンバンドが好評の「PRX-8000T」シリーズがベース。

日本人初となる8,000m峰全14座の単独登頂を成し遂げた竹内洋岳氏をはじめ、プロ登山家の意見を採り入れて開発されている。

特別仕様のボックスが付属する

アジャスター付きの3つ折れ式ムクバックル

会場に設置されたPRO TREKブース

多くの人が足を止めて、スペシャルモデルに見入っていた

ケースとバンドのカラーはブラックで、DLC(Diamond Like Carbon)処理を施して耐摩耗性を向上。スペシャルモデルならではの特別仕様として、12時、3時、6時、9時方向にオレンジを配置して時刻認識をしやすくしたことに加え、時計上部とボタンにもオレンジを配色して操作の認識をしやすくしている。これは、意識の混濁や吹雪によるホワイトアウトなど8,000m超の過酷な環境の中で時計を使用するための工夫だ。

DLC処理が精悍な印象を与える

また、都市コードリングの「KTM(カトマンズ)」と「TYO(東京)」にオレンジを配置。ネパールと日本の友好も表現し、裏蓋は14座を星で表したゴールドIPの鍛造コイン(シリアルナンバー入り)を埋め込むという、まさにヒマラヤを愛し憧れる登山家の心の琴線に触れまくる仕様となっている。

都市コードリングのカトマンズと東京のアクセントカラーは、両国間の友好の印

特別仕様のゴールドメダルバック。実際の商品はシリアルナンバー入り(写真はサンプル)

また、登山隊が実際に使用した登山用具や映像記録用の機器も多数展示されていた。

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60年前の日本登山隊に想いを

学術総合センターの一橋講堂では、当時の記録映画『マナスルに立つ』をダイジェスト上映。昭和28年の第1次登山隊、29年の第2次登山隊の相次ぐ敗退、山への信仰を盾に登山を妨害する地元住民、病に倒れる隊員、そして想像を絶するヒマラヤの過酷な自然が色鮮やかに、スクリーンに映し出される。そして、第3次登山隊員がついに山頂へと達するシーンでは、会場から拍手が湧き起こった。

学術総合センターの一橋大学一橋講堂は満員

本イベントの主催である毎日新聞社の代表取締役社長 朝比奈豊氏

プロ登山家で立正大学客員教授も務める竹内洋岳氏。ご存じPRO TREKのアンバサダーだ

竹内氏の右腕には「PWX-8000T マナスル 14サミッター 竹内洋岳 リミテッドモデル」

映画「マナスルに立つ」より。60年前のカトマンズの風景

信じがたいコースを進む登山隊

3,850m地点に設置されたベースキャンプ

ベースキャンプでさえ、すでに富士山より高い場所

今西隊員登頂の瞬間。会場内に拍手が湧き起こる

マナスル頂上からの眺望

登山隊をゲストに迎えてのトークショー。進行を務めた作家の藍野裕之氏(左)と、第3次登山隊員で元毎日新聞運動部記者の日下田實氏(右)

第3次登山隊隊長 槇有恒氏のご子息、槇恒治氏(左)と、第3次登山隊初登頂者である今西寿雄氏のご子息、今西邦夫氏(右)

屋外にも多くの出店やブースが並んだ。こちらは本場ネパール料理の屋台

多くの景品が用意されたクイズラリー

なんと、景品にはMANASLUのスペシャルモデルも!

もちろん、リーフレットも配布されていた

山岳気象予報士や登山家の方々によるトークショーも

わかりやすい解説と熱いトークに皆が聴き入る

グッズ販売コーナーも盛況

バッジや記念切手、Tシャツなどが人気とのこと