先日マイナビニュースのコラムで「劇場版アニメ『KING OF PRISM byPrettyRhythm』(キンプリ)が見たいのだが、おらが村では上映すらしない」と嘆いたのだが、運良く別件で上京の機会があり、それに乗じて見られることになった。
そして、マイナビニュースの担当より「せっかくだから感想コラムを書かないか」という打診をもらった。その執筆のために、『キンプリ』の「応援上映」と「通常上映」を深夜にぶっ続けで二回見ると言う、"エクストリームキンプリ"を敢行することとなったのである。
『キンプリ』は公開後からジワジワと人気を伸ばしていったようで、私のツイッターでも連日なんらかの『キンプリ』情報が流れてくるのだが、どれだけ感想を聞いてもその全貌が全く掴めないのである。
というのも、『キンプリ』を見た者はもれなく「キンプリはいいぞ」「尻から蜂蜜」「EZ DO DANCE」しかしゃべらなくなるので「よくわからないけどスゴいらしい」という情報以外は全く入ってこないのだ。
よってこれは「説明できないし、されてもわからない作品」なのだと思い、私もあえて事前調査はせず、『キンプリ』の公式サイトをちょっと見ただけの状態で本番に臨んだ。
エクストリームキンプリ
当日、一人では心許ないので、マイナビニュースの担当にも同行してもらった。しかし彼女は一回目の応援上映が終わった時点で終電がなくなるのでそこで帰り、二回目の通常上映は私一人で見ることになった。
「貴様に終電がなくなるということは、某にもなくなるということなんだが……」と喉まで出かかったが、終電を気にして『キンプリ』を見るというのはおそらく粋ではないと思い、言わなかった。
そして担当と合流後、チケットよりも先に彼女に手渡されたのは何やら棒状のものであった。「なんですかこれは? 私を置いて終電で帰るあなたの頭をかち割るものですか?」と思ったが、それは応援上映中に振るペンライトである、とのことであった(サイリウム、キンブレなど商品名で呼ぶこともある)。
そもそも、応援上映とは、その名の通り「上映中、スクリーンに出てくるキャラを応援しながら見ること」だ。読者の多くが「何を言っているかわからない」と思っていると思うが、私も当然「自分が何を言っているのかわからない」というポルナレフ状態なので安心してほしい。
つまり、アイドルのライブでファンがアイドルに声援を送ったり、歌舞伎で観客が役者に「よっ、待ってました!」と言うように、上映中、客がスクリーンに向かって声をかけたり、ペンライトを振ったりするのである。
まさか、そんな、と思ったが周囲を見ると、同じくペンライトを持った者はもちろん、手製の応援うちわを携えた者、キャラのコスプレをした者までもが、今か今かと『キンプリ』の上映を待ちわびているのだ。私が田舎で牛を追いかけている間に、日本は随分進んでしまっていたようである。
ちなみに会場は「新宿バルト9」。担当曰く「精鋭兵が集まる所」らしく、確かに上映開始時間が23時前だと言うのに、席は9割がた埋まっていた。
どの映画館でも本編が始まる前に、近日公開の映画の予告、企業CM、映画の無断配信はやめよう、などの映像が流れるものだが、応援上映のすごいところは、そこからもう応援が始まっているという点である。
例えば、映画泥棒の時は赤いサイリウムを振りながらバッチリ応援するのだ。精鋭兵が集まるというのは嘘ではなかった。明らかにみんな初見の動きではない。
ちなみにペンライトの色はキャラクターごとに色が決まっており、「このキャラを応援する時はこの色」というのがあるのだ。間違って違う色を振ろうものなら、瞬時に隣の客が「ギルティ!」と叫び、ペンライトが剣に早変わり。一刀両断にされるので細心の注意が必要……ということはなく、割と適当でも乱闘が起こるということはなかった。
ここから本編のネタバレ
前置きだけで随分長くなってしまったが、『キンプリ』本編の話に移りたい。
ちなみに私は『キンプリ』の元になっている『プリティーリズム・レインボーライブ』は未視聴で、純粋に『キンプリ』を見ただけの感想となるので、設定の理解や解釈に間違いがあるかもしれないが、そこはご容赦いただきたい。 私は当初、『キンプリ』を見た人の感想から言って、12時間ぐらいある作品だと思っていたのだが、なんと1時間しかないのである。故にストーリー自体は序章のようなもので「まだまだ続きまっせ」という感じで終わるのだが、別に続編が決まっているわけではないそうだ。蛮勇すぎる作りである。
『キンプリ』は、プリズムショーという、スケートを使ったダンスショーをするユニット「Over The Rainbow(オバレ)」のメンバー「コウジ」「ヒロ」「カヅキ」と、オバレに憧れ、プリズムスタァ(プリズムショーをする人をこう呼ぶ)を目指す「シン」という少年を中心に展開していく。
物語はまず、シンが初めてオバレのプリズムショーを見るところから始まる。『キンプリ』は演出がすごいと聞いていたが、聞きしに勝るもので、ハートが飛び交うのはまだ序の口で、ドラゴンが召喚されたりもする。もちろん何故ダンスにドラゴンが? と聞かれても困る。
シンもプリズムショーがあまりに衝撃的すぎて、「なんだこれはー!」と初見の観客の心情をそのまま絶叫し、自らもプリズムスタァを目指すようになるのだ。もちろん何故と聞かれても困る。
あまりの過剰演出に、私も最初は「これは三十路過ぎの自分にはキツいのでは」と思ったが、シンが全裸になったところで(開始5分程度)「これは照れた奴から死ぬ戦場だ」と覚悟を決めた次第である。
プリズムショー の途中、唐突に「コウジ」「ヒロ」「カヅキ」が女とチャリを二人乗りしている映像に切り替わる。この乗せている女は、『キンプリ』のキャラと言うわけではなく、顔もはっきりとは描かれず、声もついてないので、セリフは字幕で表示される、そして応援上映の際は、客がこの女の声をアテレコできる「プリズムアフレコ」という仕組みなのだ。まさかの「夢演出」である。
また、『キンプリ』の登場人物はほぼ男のみであり、全編通して男同士の友情表現も多々感じるところがある。
こう書くと、「結局キャラ同士のイチャイチャ映画かよ、地獄かよ!」と憤る方もいらっしゃるかもしれないが、もちろん『キンプリ』の魅力はそこではない。冒頭でも言った通り、「キンプリがいい」のは、オタク、非オタク関係なく「なんだこれは」と思わせる、プリズムショーの演出である。
特に個人的に最大の見せ場と思っている「仁科カヅキVS大和アレクサンダー」のダンスバトルがいい。大和アレクサンダー(アレク)とは、オバレやシンが所属する「エーデルローズ」のライバルである「シュワルツローズ」に所属するプリズムスタァで、いわゆる悪役である。美少年がほとんどである『キンプリ』の中で、アレクは異彩を放つ筋骨隆々のコワモテキャラで、同じストリート系(ストリート系とアカデミー系があるらしい)プリズムスタァであるカヅキを敵視し、「ぶっ潰してやる」と勝負を挑んでくるのである。
普通だったら殴り合いが始まりそうなシーンだが、彼らはプリズムスタァなので当然ダンスバトルが始まる。曲は「EZ DO DANCE –K.O.P. REMIX-」。私のような小室世代直撃のBBA視聴者は否が応にもテンションが上がる選曲である。
バトルが始まるや否や、双方、全裸よりもセクシーな衣装になり、さっきまでドヤンキー丸出しだったアレクが突然笑顔で踊り出すので、それだけでも度胆を抜かれるのだが、驚いている暇もなく、カヅキが突然現れた大剣でアレクに襲い掛かるのである。ダンスバトルなのに、殴り合いよりも確実に相手を殺しにかかるのだ。
もうこの時点で全然ダンスしていないのだが、バックではおかまいなしに「EZ DO DANCE」が流れ続けているので、見ている方は「DANCEとはなにか」という哲学にまで思考を発展させることができるのだ、実に深い映画なのである。
そして、アレクも紫色のドラゴンを召喚し、「地獄に落ちろー!」とカヅキに突っ込んで行く。バトルが始まる前に「ぶっ潰してやる」とか「バラバラにしてやる」とか言っていた彼だが、どうやら脅しではなく、マジだったようである。このように彼は有言実行の人であり、見た目よりもかなり真面目な性格であるということがわかった。
カヅキもアレクの思いがけない生真面目さに「よけるのは失礼」と思ったのか、自らドラゴンを呼び出し突っ込んでくるアレクを逆に吸い込み、二人で爆発するという誠実な対応を見せるのである。 このように「カヅキVSアレク」はギャップ萌え好き垂涎のシーンとも言えるのだ。
そして、カヅキに吸い込まれながらアレクが「自爆する気か!?」と言い放った瞬間が、私にとってのベストオブ『キンプリ』シーンである。 まさかダンスバトルで「自爆」という言葉が出てくるとは夢にも思わなかった。 この勝負の勝敗は「3,000万円もする、感情に左右されないジャッジシステム」とやらにより判定されるのだが、バトルが終わるころにはすっかり私はアレクの女(アレクファンの女はそう呼ばれるそうだ)だったため「アレクの圧倒的勝利だったんじゃね?」と思った。
ちなみに、この「カヅキVSアレク」の裏では「コウジVSシン」の親善試合が行われていた。カヅキとアレクがガチのバトルだったのに対し、コウジとシンの戦いは、まさにプリズム煌めくリリカルな戦いであり、『キンプリ』を見た者が遺言のようにつぶやく「尻から蜂蜜」もここで登場する。この「尻から蜂蜜」であるが、私はそのまんま、ヒップのホールから液状のハニーが噴出するシーンを思い浮かべていたのだが、実物は予想外なものであった。
むしろ、この「尻から蜂蜜」というワードは我々を試していると言ってもいい。「尻から蜂蜜」と聞いて、どれだけ汚い絵ヅラが頭に浮かぶかにより、今まで歩んできた人生の質を問われているかもしれない。
よって、『キンプリ』未視聴の方はネタバレを見たりせず「俺が考えた最強の『尻から蜂蜜』」を予想してから本番に挑み、答え合わせをしてほしい。そして結果如何でこれからの人生を考え直してみるといいだろう。
ここで一応の中盤の山場を終え、物語は、コウジがハリウッド映画の曲を手掛けるため渡米を決意し、オバレは活動休止を余儀なくされるという展開になる。
休止前にお別れショーを開くのだが、壇上に立つ彼らは何故かギリシャ彫刻のような恰好 。平素であれば「その格好はどうしたことか?」と突っ込んでいたところだが、このころにはすっかりプリズムの煌めきにやられているため、「このシーンではその衣装しかない、わかる、月桂樹の冠をかぶらざるを得ない」という心境になっているので不思議なものである。そして、どこからともなくハリウッド行きの電車が現れ(アメリカに電車で行くという鉄道ファン感涙の神演出)、コウジを乗せて去っていく。
コウジがいなくなり、オバレファンはすっかりお通夜ムード。エーデルローズの仲間も柱を失い意気消沈する。ここでキャラの一人で大金持ちのチャラ男「十王院カケル」が「光源はどこだ!?」というぐらいメガネを逆光させながらつぶやく場面も屈指の名シーンなので、ぜひチェキしていただきたい。
ここで、泣くファンを笑顔にするため、クライマックスを迎える。……完。
……と、どこにもケチのつけようのない、大団円を迎えたかのように見えたが、もちろん、エーデルローズとシュワルツローズの戦いはまだ、始まったばかりである。
場面はまた突然(『キンプリ』はとにかく場面が唐突に変わるが、それは「気にしない」のが一番だ)シュワルツローズ本部の何か高いところで、シュワルツローズの総帥が風呂に入っているところに切り替わる。もちろん風呂なので彼は全裸だ。風呂から上がり、全裸で仁王立ち、階下にいる、シュワルツローズの生徒たちに全裸で「プリズムショーのテッペンとったるぞ!」というような宣言をするのであった。
もう説明しなくてもわかると思うが、階下の生徒たちも全員全裸である。
これで一応『キンプリ』の本編は完、となる。その後次回予告的なものが流れるのだが、冒頭言った通り続編が決まっているわけではないので、続かなければこの予告は「何か意味深なダイジェストを流しただけ」ということになってしまうのだ。この自ら退路を断つ戦法は、私もクリエイターの端くれとして積極的に見習いたいところである。
はっきり言って見た後すぐ感想を言えと言われても無理な作品である。なので、とりあえず各々「自爆……」「尻から蜂蜜……」「EZ DO DANCE」と最も印象に残った部分を片言でつぶやくしかできないのだ。
私も視聴後、これをどう咀嚼し説明すればいいのか、と頭を抱えたのだが、案ずることはなかった。私には終電後の二回目の視聴が30分後に控えていたのである。
担当を見送り、次の上映を待つ間、すでに映画館のロビーは閑散としていた。そもそも、私もそうだが、終電が終わった後に『キンプリ』を視聴する人間と言うのは一体何者なのであろうか。おそらく選ばれし『キンプリ』エリートに違いない、と襟を正して場内に入った私を待ち受けていたのは「観客の八割がカップル」という地獄であった。
そうか、こいつらは終電もなにも「帰る必要がない」のだ。
それがわかった瞬間、私も下降気流を起こして劇場ごと自爆してやろうかと思ったが、中には一人で見ているエリートもいたので、彼ら(最終上映は何故か男性率が高かった)のために自爆は我慢してやった。
しかし、私はその時すでにとんでもない睡魔に襲われていた。平素23時には寝てしまう人間なのに、開始時点で時計は0時を回っており、終わるのは午前1時半だ。一回目で大体ストーリーは把握したというか、把握できるようなストーリーでないことがわかったのだから、二回は見なくて良いのではないかと思ったが、少なくともダンスバトルはもう一回見たい。そこで「よし、ダンスバトルが終わったら出よう」と決めて、私は二回目の『キンプリ』に臨んだ。
そして、1時間後、劇場にはしっかりエンドロールまで見切った私が佇んでいた。
だが、二回フルで見て良かったと心から思った。応援上映は、客が声を上げるという性質上どうしてもセリフなどの音声が聞き取りづらくなってしまう。なので、二回目の通常上映では、全てクリアにセリフを聞き取ることができた。そして全部聞いた上で「なるほど、わからん」という結論に達することができたのだ。
そしてダンスバトルも一回目は終始ビックリしているだけだったが、二回目は落ち着いて堪能することができた。と言いたいが、やっぱりビックリしたので、都合あと3万回ぐらいは見たいと思った。
こうなるともう一回応援上映を見て、今度はちゃんと応援したいと思ってしまうが、残念ながらその日の上映は全て終了しており、当然終電も終了。もっと言うなら私は3時間後に始発の飛行機に乗るために空港に向かわねばならなかった。
私は興奮冷めやらぬまま劇場をあとにし、タクシーを捕まえホテルへと向かった。深夜料金でガンガンに上がるタクシーのメーターを見ながら、「やはりペンライトで担当を殴っておけば良かった」と思った。
これで私のキンプリ体験は終わったかのように見えたが、『キンプリ』の本当の恐ろしさは視聴後にあった。とにかく「EZ DO DANCE–K.O.P. REMIX-」が頭から消えないのだ。
この症状は、視聴後すぐ表れる者もいれば、一定の潜伏期間を経て突然「EZ DO DANCE!!」とよみがえる者もいるらしい。
今も私の頭にはそれがエンドレスで流れているし、「EZ DO DANCE……EZ DO DANCE……」と小声で呟きながら、見ず知らずの相手にダンスバトルを挑みたくて仕方ない。そして何より『キンプリ』がもう1度見たくてたまらないのだ。
現在、アニメやゲーム界は、男も女も「アイドルもの」が花盛りである。なぜそんなに、と思ったがそのわけがようやくわかった。「魅力的なキャラが魅力的な曲で歌って踊る姿」というのは単純に「いい」のだ。
『キンプリ』は時として、歌いも踊りもせず、相手のタマを確実にとりに行ったり、敵もろとも自爆したりもするが、それを含めて『キンプリ』は「いい」のである。
<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は1~2巻まで発売中。
(C) T-ARTS / syn Sophia / キングオブプリズム製作委員会