男性が抱える問題や悩みを研究する「男性学」。この学問の第一人者である武蔵大学社会学部の田中俊之助教が、著書『男が働かない、いいじゃないか! 』を出版した。「定時に帰ってもいいですか」「育児休業を取ってもいいですか」などの目次が並び、子育てに取り組む共働き夫婦にも響きそうな内容だ。
ブックファースト新宿店はこのほど、本の出版に合わせたトークイベントを開催。著者である田中さんと、コラムニストやラジオパーソナリティーなど多様な分野で活躍するジェーン・スーさんが対談した。
「働く」との距離が近すぎる
田中さん(以下敬省略): 今回「男が働かなくてもいいじゃないか」と書いて、どういう意味なのかと思う人がいると思いますが、「男性の仕事中心の生き方を見直しましょうよ」ということです。
ジェーン・スーさん(以下敬省略): 「女が家に入らなくてもいいじゃないか」ということはだいぶ言われてきていますが、確かに「男が働かなくてもいいじゃないか」ということにいまだにドキッとする人が8割だと思うのですよね。この考えを履き違えると、じゃぁ労働しないでどうやって食べていくのかという話になると思いますが、そういう話ではないですよね。
田中: 日本の男性は「働く」ということと距離が近すぎるという問題意識があります。「近すぎて何が悪いの」という点については、組織で働いている人にとって会社との距離、会社と自分が一体化しすぎてしまって客観視できないということがあげられると思います。
例えば東芝の不正会計問題をみても、社長が「不正会計をしろ」といっても「おかしい」と思う社員がいてもよかったですよね。きっと社員も会社のためになると思い、やってしまったと思うのですが、会社との距離があればもう少し異論を唱えたり反論したりできるはずです。社員と会社の距離が近すぎることは、会社にとってもデメリットがあるんですよ。
男性にとってのラスボスは「会社にいつづけること」
ジェーン・スー: 私は新卒で入った会社に8~9年ほどいたのですが、とにかく仕事をしない男性がいっぱいいました。明らかに仕事をしない人って、女性と比べて男性が多い。なぜかと考えたところ、働かない女性は辞めていたんですね。
女性には、仕事を中断する選択肢があるのだということに、その時私は気づいていませんでした。結婚して夫の転勤についていって、仕事を休んでのんびりしますっていうのが女性は許されますが、男性はそれが言えません。
会社で昇進することももちろんゴールの1つですが、彼らにとっての最終的なゴール、ラスボスは「どこまでゲーム場にい続けられるか」、つまり会社にいつづけることができるかになっている。男性は充実感を持ってよりよい仕事をしていくことを求めるより、その場でこぼれないことを最優先にしながら、誤解を恐れずに言うと、「仕事に夢中になっているふりをしなければいけない」のだと思いましたね。
田中: 今の男性には「降りる」という選択肢がないです。男性だということで、学校を卒業したら「40年間フルタイムで働いてください」となってしまっていること自体が「僕らの人生何なんだろう」ということになってきますよね。
ジェーン・スー: 一回働き始めたら途中で辞められないプレッシャーや、誰かを食べさせて1人前っていうプレッシャーは、私自身、感じたことがありません。「こんな会社辞めてやる」と言って、会社を辞めることもできたし、キャリアを重ねていくということを考えずに全く違う仕事に転職できたのは、ある種、私が女性だったからというのもあるのだろうなと思います。
田中: 一生懸命働くことを否定はしていないんですよ。でも、趣味はありません、友達はいませんというのは定年になったら何もなくなってしまう。そこから20年間生きていくのに。そこに備えてくださいということだけではなくて、会社以外の人生があってもいいと思うんですよ。せっかく生きているんだから、楽しめればいいですよね。
男性の仕事中心の生き方を見直そうというのは、ここ最近通るようになった話です。それまでは大きな話をしなければならなかった。政治経済、社会の動きを新聞でチェックしながら追っていく。そういうのが男性にとって大事なことになっていて、「生活」というのがごっそり抜け落ちているということなんだろうなって思います。
ジェーン・スー: 残念ながら悪い意味で、明日はどうなるかわからない時代ですよね。前みたいに終身雇用制が固定されていたような会社だったら、辞めずにとどまり続けるのは手だよ、という考えが通用したと思いますが、今は全然そんなことない。今は稼ぐ会社ほど人を切るので、そういう意味では保証なんか何もなくなったのだから、好きなことをやったらいいと思います。
田中: 状況が悪いことが、男性にとってはチャンスかもしれない。
男性と女性の問題は裏表
田中: スーさんと私で認識が共通しているのは、男性の問題と女性の問題は裏表だということですよね。
ジェーン・スー: 今の社会は「男社会」というよりは、「一部の男性にとってことごとく有利な社会」でしかない。実は、(男は稼いで養うべきという)今のシステムからこぼれ落ちてしまう男性たちと、私たちは仲良くしていかないと、社会システムは絶対に変わらない。
田中: 「男は稼いで養う」というのが上の句で、下の句は「女は早く家庭に入り専業主婦として子どもを育てたほうが幸せになれる」となってしまっている。女性がそれを男性に期待することが、本当は自分の生き方もワンパターンにはめてしまうということなんですよね。男性にしても、女性は家庭に入って子どもをうんだほうがいいんじゃないのと言い放った途端に、40年間フルタイムで働くということになってしまう。
ジェーン・スー: 多様性を認めるということが今一番大事で、働きまくってもOK、そんなに働かなくてもOK、それは性別ではなくて「私」が決めるということですよね。
「男は働き、女は家を守る」という概念にとらわれてはいないか
トークセッションの最後に投げかけられた参加者からの「育児」の質問に、田中さんは以下のように答えた。
田中: 僕は去年結婚して、生後2カ月の子どもがいます。今は大学が春休みなので、3食全部作って、子どもをお風呂に入れて、ほぼ何でも家事をやりながら働いています。自分がほぼ2カ月、育休状態にいて思うことは、子どもは育つが、妻の方はかなりケアが必要だということです。
女性は産後2カ月くらいまで、体力的にも元の体に戻らないし、メンタル的にも不安定です。そんな中で男性が育休をとらずに、さらにそんな状態の女性が赤ちゃんの面倒を見ながら夫にもご飯を作るなんて、怖いなと思いました。女性の我慢によって成り立っていることが多いなと。このことについて、育休を認めないとか言っている会社の上司はどう考えているのかなと思います。
「夫も妻も働きながら共に子育てをする」という考えが定着しつつある一方で、「男は外で働き、女は家庭を守る」といった思想が、実は自分の中に根付いていないだろうか。男性も女性もそんな考えから解放されたら、少し楽になれるのかもしれない。