全国に数あるご当地インスタントラーメンの中でも、福岡には素材のレアさで群を抜く逸品がある。その名も「むつごろうラーメン」(税込270円)。そう。ぎょろっとしたまなこと干潟をはねる姿がインパクト大のあの魚で、スープの出汁をとっているのだ。
有明海=むつごろうを守るために
作っているのは、福岡県柳川市に店を構える夜明茶屋(運営=やまひら)。明治23年(1890)の創業当初から、有明海産の商品を扱ってきた海産物商だ。有明海は福岡・佐賀・長崎・熊本にまたがる九州最大の湾で、独自の生物相を特徴とし、日本最大の干潟にはご存じの通りむつごろうが生息することで知られている。ということはこのラーメン、ひょっとしてかなり長い歴史があるのでは?
真相を確かめるべく、やまひらの代表取締役である金子英典さんに問い合わせたところ、商品が誕生したのは2013年1月だと判明した。しかし、開発に着手したのはそれよりずっと前。構想2年、製作1年という長い年月の中で様々に試行錯誤した結果、ようやく完成の日の目を見たのだそう。
開発に至った経緯を尋ねたところ、「有明海は、環境の変化によって全盛期と比べてかなり水揚げ量が減ったため、多くの漁師さんが魚が獲れないと辞めていったんです。まさに風前の灯火といった状態。そうした状況を目の当たりにし、当社が有明海のためにできることはなんだろうかと考えたんです」と金子さん。
そしてまず浮かんだのが、「有明海=むつごろう」という世間一般のイメージ。漁師の数は、今となっては全盛期の一割にも満たない数名となっていたものの、「やはりむつごろうを守るためにはむつごろうを使った商品を作るしかない! 」と一念発起したんだとか。
子どもたちにも愛される商品を
とはいえ、既存のむつごろう商品といえば甘露煮や刺身といった通好みなものばかり。有明海の未来につながる子どもにとっても食べやすく、なおかつ、広く全国に知れ渡るよう、お土産に適した商品にしたいと頭をひねった結果、たどり着いたのがインスタントラーメンという答えだったという。
開発にあたっては、何度も試食を繰り返してむつごろうの粉末入りスープを完成させ、多くの人に手に取ってもらえるよう、パッケージのかわいさにもこだわった。その結果誕生した商品は大好評。なんと最大で1カ月に1万食以上売れたこともあるのだとか。
「魚嫌いな子どもでもすんなり食べられたとおっしゃっていただいたこともあります」と語る金子さんの元を訪れる取材陣は、みんな一様に、本当にむつごろうが入っていることに驚くんだとか。
福岡県の福岡県による福岡県のための小麦
ただむつごろうが入っているだけでは意味がない。スープのおいしさを追及したのはもちろん、麺にも相当こだわった。使っている小麦は、福岡県内の農家が限定生産している「ラー麦」。「福岡県のラーメンのために」をスローガンに、福岡のラーメンを作るためだけに生み出されたものだ。
品種改良によってコシが強く歯切れがいい麺を作るのにふさわしいのだという。ちなみに、同県の麦生産量2万400ha(東京ドーム約4,340個分)の内、1,220ha(平成27年12月時点)でしか作付けされていないという希少性の高い小麦だ。
もちろん、こだわりの根底にあるのは、有明海の食文化を通じて再生の一助となりたいという切なる想い。「有明海は世界的にも珍しい生物の宝庫です。しかし近年は以前のような豊穣さはなく、滅びゆく一方。その進行を食い止めるためにも、多くの方に日本の宝である海の重要性に興味を持っていただきたいですね」。
そう語る金子さんの想いがたっぷり詰まった夜明茶屋。福岡を訪れた際に来店してほしいのはもちろん、「有明海をいただきます! 」のキャッチコピーが踊る夜明茶屋のfacebookファンページもぜひ、有明海の現状を知るための手がかりにしてほしい。