娘の大切なサッカーシューズが犬にかじられて使いものにならない。サッカーの試合前だ。どうしよう?せき立てる娘に対して、母親が慌てずに端末でオーダーをかける。オーダーを受けたAmazonの倉庫から、颯爽とドローンが飛び立つ。
ドローン搭載カメラからの映像には、秒単位の時間表示、スピードや高度、方角が表示されている。優雅に空中を泳ぐバルーンを素早く察知しては進路を変更しながら目的地へと進んでいく。
注文者の庭先には、「DELIVERY ZONE」とAR(Augmented Reality)で認識されるエリアが設置されており、ドローンはここにシューズを落とす。新品のサッカーシューズを手に入れた娘は不安感から解放され、新品のシューズで心も新たに試合へと臨んでいける。
映像が掲載してあるAmazon Prime Airの公式ページ |
2013年に米AmazonのCEOであるJeff Bezos氏が明かした「Prime Air」という壮大な計画を簡潔に伝える映像だ。「即配」が流通における重要な指標となっている。Prime Airは、30分以内での配送を目標に掲げている。売り上げを大きく左右するこの配達スピードに対して、"積極投資"で知られるAmazonがドローンを大きくビジネスの世界で活用していこうとしている。
近未来を感じさせる映像だが、ムービーには「Not Simulated」と刻印してある。実際の飛行映像であることを強くアピールしている。準備は万全だと強く訴えている。
米国における無人航空機システムの潜在的経済効果の高さ
AUVSIが公開している「THE ECONOMIC IMPACT」 |
無人航空機システム(Unmanned Aircraft Systems)の業界団体であるAUVSI(Association of Unmanned Vehicle System International)は、2013年に「THE ECONOMIC IMPACT」と題したレポートを公開しており、米国内における無人機システムが経済に与える影響を詳細に調査している。著者の一人であるDarryl Jenkins氏は"The Handbook of Airline Economics"の著者としても知られ、政府航空関連の執行委員を務めた経験もある人物。約40ページに及ぶレポートでは、警察や施設パトロールをはじめとする公的安全分野、農業分野とそれ以外の広範な分野を軍関係市場を除いて試算している。
2025年までに全州でおおよそ10兆円(821億ドル)をいう巨大な市場に成長し、10万人を超える雇用を試算している。上位10州にはカリフォルニア州、ワシントン州、テキサス州、フロリダ州、アリゾナ州、コネチカット州、カンザス州、バージニア州、ニューヨーク州、ペンシルバニア州と並んでいるが、中でも農業分野における市場は公的安全分野の10倍以上になると分析している。無人航空機システムによる正確な農薬散布によるコストの削減はもちろん、作物の成長を監視するのにも効果的な機能を提供する。
同レポートでは、米国内での航空利用に関する制限がこれまでのUASの経済的な発展を制限してきたことについても触れている。1年遅れるごとに、100億ドルの経済的な損失を与えることになると衝撃的な見出しも掲げられている。
米国における商用無人航空機の難しさ
米国では、曖昧な側面があった航空利用の線引きを正すべく2012年12月にFAA Modernization And Reform Act(FAA近代化・改革法)が成立。民間利用については飛行区域や許認可手続きなど、計画案を2015年内を目処にまとめることが決定された。しかし、計画案が策定されるまでの間は、当局の許可で限定的な商用利用が認められる例外条項「Section 333 exemption」を用いるケースが続いている。
FAAのWebサイトに設置してあるドローンの公用、民間、趣味の分類による指示 |
従来、Public Operation(公用)、Civil Operations(民間)、Modek Aircraft(趣味・娯楽)と無人航空機利用の目的ごとに区分され、趣味・娯楽用途は55ポンド(約25キログラム)以下、民間の場合も55ポンドを超える場合には、車でいうところの車検に相当する「対空証明書」が求められる上、研究開発や訓練などに用途が限定されてきた。民間による大規模な商用利用が想定されていなかったことがわかる。
2015年12月14日には、0.55ポンド(250グラム)から55ポンド(25キログラム)までの小型ドローン所有者は、Webを通じて名前と住所、メールアドレスの登録と5ドルの登録費用の支払い義務を発表。17日には、各州の規定との衝突を避けるためのファクトシートを公開するなど、ここにきて急ピッチでドローン関連の整備を進めているが、安全性の担保と市場の要求に大変苦心しているように見える。
農業分野での無人航空機に道を開いたのは日本の企業
この大きな市場が見込まれる米国の農業分野で「Section 333 exemption」が2015年5月に初めて認定された。ヤマハ発動機が開発した小型無人飛行機「RMAX」(RMax Type II G)が商用利用の厳しい審査を通過して米国での実用化を取得したのである。ヤマハは日本における農業分野においては、早くからこの分野を切り開いてきた先駆者。米国での初認証を得ることで、まさしく世界的な実践的先駆者となった。
ヤマハ産業用無人ヘリの歩み(同社Webサイトより) |
ヤマハのWebサイトには無人航空機の30年の歩みが掲載されているが、1980年に農林省の外郭団体である農林水産航空協会とともに農薬散布方法の改善を目的としてRCASS(Remote Control Splay System)の研究をはじめ、1983年に産業用無人ヘリコプターの開発をはじめている。
以来、ペイロード(有効積載量)20kgを有する本格薬剤散布用無人ヘリコプター「R-50(L09)」(1987年)、初心者でも薬剤散布が容易にできるようにワイヤーでの地上連結操縦システムを搭載した「R-50(L092)」を販売。1997年には姿勢安定制御装置YACSを標準搭載し、農薬の散布効率が大幅に高められた「RMAX」。2001年には方位、GPSセンサーを搭載し、大きな転換ともいえる自律制御開発を視野に入れた「自律航行型RMAX」、2003年には"安心と安全"をキーワードに開発された「RMAX Type II G」で、ホバリング状態となる機能も追加。初級者から上級者までをカバーする速度制御モード(速度維持飛行)を搭載し2013年に発表された「FAZER」と進化を続けている。
いうなれば20年という長い歳月をかけて飛行訓練を行ってきた無人航空機が、米国での農業分野という大きな市場に世界で初めて臨むことになったのだ。突如として現れた大きな市場に参入してきたのは、世界でも類がない実績を持つヤマハのRMAX。この快挙は、大きな衝撃を伴って世界を駆け巡った。
日本では世界初の民間防犯用ドローンサービス
一方、日本国内においても、昭和27年に定められた航空法を一部改正、第9章無人航空機が追加され、12月10日に施行された。無人航空機の飛行に許可が必要であるケースは、
A 空港などの周辺
B 人口集中地区
C 150m以上の高さの空域
機体本体とバッテリーを併せて重量200グラム未満であれば同法の対象にならない(「模型航空機」として扱われ、空港周辺や一定の高度以上に飛行する場合は国土交通大臣の許可が必要となる)。人口集中地区は、政府統計窓口が提供している「jSTAT MAP」などから確認できるが、関東、中京、近畿以外はほとんどが白塗りになっている。また、承認が必要となる飛行方法は、夜間飛行、目視外飛行、30m未満の飛行、イベント上空飛行、危険物輸送、物件投下の各飛行方法となる。目的での分類や重量による対空証明書の義務が無い点など米国での運用に比べるとビジネスでの運用が図りやすい。
民間防犯分野で世界初となるセコムドローン(同社資料より) |
法律の施行と同時にセコムは、民間防犯用としては世界初になるという自立型飛行監視ロボット「セコムドローン」のサービス提供を発表している。セコムドローンは、夜間飛行や自立飛行が必要となるため、国土交通大臣から顧客ごとに承認を受けるサービスとなるが、同社では、工事設置料金800,000円、月額5000円からの価格でサービスを開始、すでに100件ほどの引き合いがあるとしている。
日米のドローンをめぐる航空法規制の違いは、基本的には安全性とビジネスの自由をめぐる「規制緩和」の課題だが、極めて高い安全性が求められる「空」という分野だけに慎重に進めることが求められるのは当然だろう。日本の場合は、農業とともに30年間にわたってこの分野のコアモデルを構築してきた。農林水産航空協会のRCASS(Remote Control Splay System)の委託研究にはじまり、ガイドラインの策定や資格整備など、実際の運用面で官民一体となって商用利用における安全に取り組んできた歴史がある。これが、ドローンの商用利用の法規制という枠組みにおける根本的な考え方の違いとして、現れているのではないだろうか。
Amazonは日本の空を飛ぶのか?
冒頭で紹介した「Amazon PrimeAir」。日本の法律に照らし合わせても、人口密集地での自立飛行や物件投下が必須となる「配送」では当然、承認が必要になる。ドローン同士が衝突した場合や墜落した場合の損害責任、車同様に保険の分野の整備も欠かせないだろう。
12月15日には、政府の国家戦略特区諮問会議で千葉市を国家戦略特区に指定、航空法の規制緩和を行い人口密集地域での、ドローンを活用した薬や生活必需品の宅配サービスに取り組むことを発表し、Amazonの参入も報じられている。特区で得られた経験から導き出されるデータは貴重な財産にもなる。世界的にも話題となっているドローンに対する規制とビジネスの創出というテーマを日本の特区がいかに解決していくのか? 世界が注目している。