10月下旬以降、ユーロがジリジリと値を下げている。パリ同時テロによる景気への悪影響が懸念されていることも一因かもしれないが、主因はECB(欧州中銀)が追加緩和に踏み切るとの観測が強まっていることだ。
10月22日に金融政策の現状維持を決定した理事会後の会見で、ドラギECB総裁は、物価の下振れリスクに懸念を表明したうえで、次回12月3日の理事会で金融緩和の度合いを見直す必要があると語った。
ユーロ圏の消費者物価は10月に前年比+0.1%だったが、9月は同-0.1%であり、ここのところゼロ近辺を行き来している。食料やエネルギーを除くコアは10月に同+1.1%で、伸びが高まりつつあるようにみえる。ただ、コア物価を重視する米FRBと異なり、ECBは総合物価を重視する傾向にある。そのため、デフレに陥るかもしれないとの危機感が強いのだろう。
ユーロ圏の景気は少しずつ改善しているようだ。ユーロ圏をけん引してきたドイツの景気はややスローダウンしているようにみえるが、緊縮財政の影響で景気が落ち込んでいたスペインやイタリアが回復基調を強めている。また、今夏のユーロ離脱騒動で落ち込んでいたギリシャの企業マインドも持ち直しつつあるようだ。かかる状況下で、ECB内には追加緩和に反対のメンバーも多い。したがって、12月の追加緩和実施は確実とまでは言えないが、それでもドラギ総裁は「追加緩和」で理事会をまとめるのではないか。
さて、問題は追加緩和がどのような形で行われるかだ。ECBの政策金利である1週間オペレートはほぼゼロ(0.05%)であり、そのためECBは今年1月に域内の国債を購入するQE(量的緩和)に踏み切った。QEは毎月600億ユーロの国債購入を少なくとも来年9月まで続けることになっている。これを延長するというのが有力だ。
さらに、ECB預金金利を引き下げることも検討される方向だ。ECBの金融政策はEONIA(短期市場金利)を政策金利に誘導することで行うが、貸出金利を上限、預金金利を下限とするコリドー(廊下)を設定しており、EONIAをそのレンジ内に収めることになっている。このうち、預金金利は昨年6月にゼロから-0.10%へ、同9月に-0.20%へと引き下げられた。このマイナス幅を拡大しようというのだ。EONIAは昨秋以降マイナスでの推移が続いており、政策金利よりも預金金利に接近している。
QE延長と預金金利の引き下げはほぼ想定の範囲内だ。期間や幅にもよるが、それらがもたらす金融緩和効果は限定的だろう。実は、預金金利の引き下げには隠れた狙いがあるかもしれない。QEには、預金金利を下回る利回りの国債は購入できないというルールがある。そして、現行では、ドイツ、オランダ、フランスなどの満期3年以内の国債利回りが預金金利を下回っている。預金金利を引き下げれば、購入対象の国債が一気に増えることになる。現行では、保有比率の制約などでQE増額は難しいとされているが、購入対象が拡大すればそれも可能になるかもしれない。QE増額が決定されれば、あるいはその方向性が示されるならば、かなりのサプライズであり、金融市場は大きく反応するかもしれない。ドラギ・マジックの再来だ。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフ・アナリスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフ・アナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。