アニメやゲームのキャラクターをモチーフにしたフィギュアが、どのようにして生み出されているか、ご存じだろうか。まずはメーカーが作品やキャラクターを選定し、企画を立てる。その後、色がついていない原型が制作され、次に彩色見本(デコマス)が作られる。その彩色見本を元に工場がフィギュアを量産し、製品として店頭に並ぶわけだ。この原型を生み出すクリエイターは"原型師"と呼ばれる。
今回、ホビーメーカーのコトブキヤから2016年3月に発売が予定されている「ARTFX J 薬売り」の原型を手がけた伊藤嘉紀氏に取材する機会を得た。キャリア3年半。業界内外で高い評価を受ける原型師だ。
薬売りの顔は2種類造り、ディスカッションして決めた
――「ARTFX J 薬売り」の彩色済みの写真が公開となりました。原型師として彩色したものをご覧になって、いかがですか。
色がつくと、やっぱり違うなと。原型の制作中も彩色後の状態を想像しながら造るのですが、ずっと地味な色のままなので、塗装された彩色見本を実際に見たときは感激しました。今回は色数も多いし、鮮やかなので、なおさらそう思います。それから、背景にも驚かされました。これ、後ろから光を当てて見ると、影絵のように「薬売り」のシルエットが浮かび上がってくるんです。この見せ方には驚かされましたね。原型を造っている時は台座はただの輪っかでしたから(笑)。
――確かにすばらしい演出です。それも伊藤さんの美しい原型があってこそだと思いますが、原型制作のこだわりについて教えてください。
まず、顔ですね。原作に近づけることはもちろんですが、「薬売り」は女性人気の高いキャラクターなので、それも意識して造りました。妖艶かつ、人間のようで人間ではない感じを出したくて、アニメや資料を何度も見たのですが、絵によってもバランスが少しずつ違うのです。そこから自分なりに一番いいと思うバランスで顔を造っていったのですが、途中で「もう少し面長の方がいいのでは?」という迷いが出てきました。そこで、少しだけ面長にした顔も作ってみて、メーカーの皆さんに2種類見ていただき、ディスカッションして決めました。
――どちらになったのですか?
最初に造っていた方ですね。
――そういった迷いはよくあることなのでしょうか。
よくあります。原型を造っていると、だんだん自分の好みが反映されていきます。そういう時はもう一度、客観視するために資料を見るのですが、そこで迷うことも多いです。
――顔は印象を決める重要な部分ですしね。
今回は原型制作中に顔料を使って目の周りのくまどりも描いてみました。普段はすぐに消せるように鉛筆で描いたりするのですが、今回はカラーだとどうなるかを見たかったのです。担当者との打ち合わせの際にも持って行って、塗装した状態を見ながら話したりしましたね。
友人の原型師にポーズをとってもらい参考に
――顔以外ではいかがでしょう。
指ですね。薬売りの中性的で妖艶な魅力を出すために女性、特に舞妓さんの手のポーズを参考にしました。手や指というのは、実は顔と同じくらい表情が出るところなんです。それだけに、ちょっとした指のそりなども大切にしています。あとは……退魔ノ剣ですね。
――退魔ノ剣ですか! これも顔があるから?
それもありますけど、もともと妖怪とか"人外"のものを造るのが好きなんです。造っていて一番楽しかったですね(笑)。
――表情などの完成度も非常に高いですよね。ところで、今回は女性ファンを意識されたということでしたが、原型制作ではそういったことを毎回考えて造られるのですか?
今回に限らず、いつも意識しますね。一つの作品でも、女性ファンが求めるもの、男性ファンが求めるもの、作品の世界観自体が好きなファンが求めるもの、フィギュアを好きな方が求めるものは、それぞれ少しずつ異なるのではないかという感じがします。それらをできるかぎり拾い集めながら着地点を探していきますが、最後はやはり作品のファンやキャラクターのファンが求めるものは何かということに重きをおいて制作しています。
――「薬売り」にファンが求めるものを考えた結果が、中性的な顔や指などに反映されていったと。
服装もそうですね。資料を見たときは、わりと厚手の着物かなと思ったのですが、そのまま原型を造ると着ぶくれしてしまいます。そこで、あえて体のラインが出るようにして、色っぽさを強調しました。
――実際に原型を造るときは、どういった資料を参考にされるのですか?
想像で造る部分もあるのですが、今回は友人の原型師に着物を着てもらいました。実際に頭巾や足袋、小道具も身につけてもらって、同じポーズで撮った写真を参考にしながら造りましたね。
――そこは同じ原型師の方にお願いされるのですね。
同業者だとポーズの意味や、最終的にこちらがやりたいことなども理解してもらえますし、守秘義務もありますので信頼できる人にお願いしますね。
――そういう時、どのあたりを特に注意してご覧になるのですか?
ポーズによって実際にできる服のシワと骨格を見ています。どうしても服にばかり目が行きがちですが、体と服の関係が大切なんです。シワのできかたなどは何回作っても迷いますし、難しい部分です。しかし、そこにばかり気を取られていると服の中の体のデッサンがおかしくなってしまうことがあります。いまだに反省することも多いですよ。かといって、リアルによりすぎると世界観を壊してしまったりするので、バランスの取り方が難しいですね。
――服を着ているキャラクターでも、中にあるはずの肉体を意識しないといけないのですね。
そうなんです。原型師の師匠に教わったことなのですが、服を着ているからごまかせるのではなく、中の体がしっかりしているからこそ服を着ても自然に見えるのです。私もまずは服を着ていない状態で造り、メーカーのOKが出てから服を着せていくという造り方をしています。もちろん、最終的な完成形は最初から想定していますけどね。
着物のシワを造り込みすぎて造り直すことに
――苦労した部分もあったのでは。
着物全体のシワの入れ方に苦労しました。最初は資料で見たリアルなシワを造り込みすぎて、過剰な表現になってしまいました。また、塗装や製造工程との兼ね合いで調整が必要になったところも……。そこで、資料を見直して、服の模様が持つ意味は何かということを考えたのです。その時、「この模様は目の様に見える。幻術でもかけられそうな、不気味で恐ろしい感じがする」と感じたことから、模様の円の形をできるだけゆがませないようにシンプルに造り直しました。ここをシンプルにした分、頭巾や足袋をリアル寄りに細かく造り込んでいくことでメリハリが出せたと思います。