小川仁志『覚えるだけの勉強をやめれば劇的に頭がよくなる』(PHP出版/PHP研究所/2014年3月/760円+税)

子供のころは漠然と大人になればもう勉強しなくてよくなると思っていたが、実際に社会に出てみるとそれは大きな間違いだったということに気がついた。むしろ大人になってからのほうが勉強は必要だ。しかも大人になってから必要な勉強は、それまで受験勉強や学校の試験対策のためにやっていた勉強とはちょっと違う。試験対策のための勉強は「試験で問題を解くために必要な知識を詰め込む」ことが基本で、乱暴な言い方をすれば「覚えるだけ」で概ねうまくいく。ところが、大人になってからの勉強は「覚えるだけ」ではほとんど意味がない。

たとえば、仕事に活かそうと思ってある本を読んだとする。学生のころの試験勉強の要領でその本の内容を一生懸命覚えたとしよう。では実際、これはどの程度仕事に役に立つのだろうか?多くの場合、現実の仕事で直面する問題はその本に載っているものとは違うので、覚えた知識をそのまま使うことはできない。そもそもの前提として、本に書かれている内容がすべて正しいとも限らない。「本の内容を覚えているか」を問う試験があれば「覚えるだけ」でも十分対応できるだろうが、自分が直面している現実の問題に対処できるようにするためには、単に覚えるだけではなく情報を自分なりに吟味・咀嚼し、アウトプット可能な状態まで昇華させる必要がある。ゆえに、大人の勉強は難しい。

今回取り上げる『覚えるだけの勉強をやめれば劇的に頭がよくなる』(小川仁志/PHP出版/PHP研究所/2014年3月/760円+税)は、この「大人の勉強法」をテーマにした本である。本書の筆者は哲学者で、いわゆるビジネスパーソンとはちょっと違う。「哲学者の説明する勉強法の本」と聞くとおそろしく難解で普通の人には役に立たないのではと身構えてしまう人がいるかもしれないが、それは誤解だ。哲学という学問では、基本的に知識を「覚えるだけ」で済ませることはしない。哲学では、摂取した情報は疑われ、批判され、さらにはゼロから考えなおして、といった過程を経て「自分の考え」へと結実していく。実は、哲学の思考法には大人の勉強に必要なものが詰まっている。大人の勉強がうまく行かずに困っている人は、読んでみるとヒントが手に入るかもしれない。

5段階の「考える」

本書では、「考える」ことを5段階に分けている。第1の段階が「疑う」(固定観念を捨てる)、第2の段階が「削ぎ落とす」(余分な情報をカットする)、第3の段階が「批判的に考える」(正しいかどうか吟味する)、第4の段階が「根源的に考える」(徹底的に考える)、第5の段階が「まとめる」(自分の意見を持つ)であり、最後の5段階目まで到達して大人の勉強は「完了」する。

単に本を読んで内容を覚えようとしただけでは、本書で言う「考える」ことにはならない(第1の段階にすら到達していない)。もちろん、無意識的に上述のプロセスを踏みながら本を読んでいる人も実際には結構多いだろう。それでも、なかなか第5の段階の「まとめる」まではやっていない人が多いのではないかと、筆者は本書で指摘している。これをサボると、勉強をサボったことと同じであるとまで筆者は言う。

何をするのにも中途半端になり、ただただ日常に追われてしまうのは、結局は自分の意見を持たずアイデンティティが揺らいだ状態になっているからなのかもしれない。「自分の意見を」と言われるとたじろいでしまう人は、何かを勉強した時に「まとめる」作業を意識してみるといいのかもしれない。

本の読み方から時間術まで

他にも、本書では勉強のためのテクニックが多数紹介されている。たとえば、「本の読み方」については、結構なページ数を割いて説明してある。このテーマは知的生産に関する本では必ず取り上げられているといっても過言ではないぐらいポピュラーなテーマであり、本書の内容もそれと大きく変わるものではないのだが、「多読」「速読」「精読」と言った読み方の違いから、本の探し方、書店の巡り方、読む場所の選び方まで全方位的に非常に要領よくまとまっているので、この手の説明をあまり読んだことがないという人は目を通してみるといいかもしれない。

また、時間の使い方についての章も時間がなくて困っている人、たとえば会社で仕事をしながら勉強をしなければならない人にとっては参考になるはずだ。本書で筆者は「眠くなったら寝る」ことを推奨しているが、実は僕もこれを実践している。「時間がないほうが集中できる」という指摘にも頷ける。もちろん、本書で紹介されるテクニックには人によって合うものと合わないものがあるとは思うのだが、バリエーションに富んでいるので「これは!」と思ったものは取り入れてみると生活が大きく変わるかもしれない。

本書で、ぜひ有意義な知的生産ライフを手にしていただければと思う。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。