本屋のビジネス書コーナーを覗くと、「マッキンゼー流◯◯」であるとか「外資系コンサルの◯◯」といった本が山積みになっていることからわかるように、現代の日本では「経営コンサルタント」という職業はちょっとしたブランドになっている。就職活動でもコンサル業界は人気業界のうちのひとつで毎年キャリア志向の学生が殺到する。今や経営コンサルタントは文句なしに花型の職業だと言ってよい。
コンサルタントを知っていても、歴史は知らない
そういうこともあって、経営コンサルタントという職業についてある程度の知識を持っている人は少なくない。たとえば、コンサルタントという職業を語る際に「プロフェッショナリズム」「ファクトベース」「UP or OUT」といったキーワードがよく出てくるが、実際にコンサルとして働いたことがない人でも、こういったコンサルのカルチャーをある程度知っていたりする。
このようにコンサルという職業自体の認知はだいぶ浸透したと言えそうだが、それでもまだほとんど知られていないものがある。それは「コンサルタントという職業の歴史」だ。コンサルタントという職業がいつ、どのようにして生まれ、どのような経緯で今の形になったのかを説明できる人は現役のコンサルタントを含めてほとんどいない。外資系コンサルの仕事術やロジカルシンキングを説明した本は山ほどあるのに、コンサルタントという職業の歴史を説明した本はあまり見かけない。
今回取り上げる『コンサル一◯◯年史』(並木裕太/ディスカヴァー・トゥエンティワン/2015年1月/2500円+税)は、まさにこの「コンサルという職業の歴史」を扱った本である。コンサルという職業がいつ誕生したか、どのようにして日本に入ってきたのか、プロフェッショナリズムカルチャーを最初にもたらしたのは誰なのかといった疑問は本書を読めば解消される。これらの知識を得たからといって明日からすぐに仕事の役に立つということはないだろうが、歴史を知ることは長い目で見ると非常に有益だ。もちろん、純粋に知的好奇心を満たすために読むのも面白い。
グレイヘアコンサルティングからファクトベースコンサルティングへ
企業に対するコンサルティングを行う場合、手法は大きく2つ存在する。銀髪の老紳士が自身の職業的経験に基づいてアドバイスを行う「グレイヘア・コンサルティング」と、データ等の定量化された指標に基づいて科学的なアドバイスを行う「ファクトベース・コンサルティング」だ。
グレイヘア・コンサルティングは多くの経験を積んだ人にしかできないが、ファクトベース・コンサルティングは経験が浅い新人でもやり方さえ正しければ実行できる。現在、戦略系コンサルティングファームが行っているコンサルティングが後者のファクトベース・コンサルティングであることは、コンサルタントが老人ばかりでないことからもよくわかる。
このようなファクトベース・コンサルティングを確立させるための大きな役割を担ったのが、経営コンサルティング産業の父と言われることもあるマービン・バウワーである。バウワーはゼネラル・サーベイ・アウトライン(GSO)と呼ばれる企業診断ツールを開発し、これを使うことでクライアントの実態をファクトに基づいて定量的に判断できるようになった。GSOの開発に伴いコンサルタントも経験豊富な専門家から新人MBA主体に切り替え、現在の「経験よりも地頭」といった採用方針が確立されることになる。
また、バウワーは創業者マッキンゼー亡き後のマッキンゼー&カンパニーを立て直す過程で、コンサルタントの理想像も再定義している。コンサルタントは報酬をもらう立場でありながらリスペクトされるプロフェッショナルであるべきだとし、マッキンゼーを会社ではなくプロフェッショナル・ファームであると捉え直した。この考え方が現在のコンサルタントを律するプロフェッショナルカルチャーの土台になっていることは言うまでもない。
コンサル産業の今後のあり方を考える
本書は『コンサル一◯◯年史』という書名ではあるが、実は歴史以外の内容もかなり充実している。コンサルが過去に関わった巨大プロジェクトの紹介、トップコンサルタントへのインタビュー、コンサルタントの1日など、本書を読めば経営コンサルタントという職業への理解は飛躍的に高まる。
その中でも、第5章の「コンサルティング業界に求められる"変革"」は必読だ。この章では諸外国に比べて日本のコンサルティング産業が未成熟であるという事実から出発し、今後のコンサルティング産業のあるべき姿について著者の意見が述べられている。読めば著者のコンサルタントという職業に対しての熱い思いが伝わってくる。
自分がコンサルタントにならなくても、会社で仕事をしていれば外部のコンサルタントと一緒に仕事をする機会が訪れる可能性は誰にでもある。その時のためにも、本書でコンサルタントという職業のあり方を考えておくことにはきっと意味があるはずだ。
日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。