9月3日に埼玉スタジアムで行われたカンボジア代表とのワールドカップ・アジア2次予選で、ハリルジャパンにおける初ゴールを決めたMF香川真司(ボルシア・ドルトムント)。3対0で予選初勝利を手にしても笑顔を封印した理由を、これまでの言動から紐解いた。
喜びを伴わないハリルジャパンでの初ゴール
いつもならば勢いそのままにゴールラインを越えて、スタンドを青く染めたサポーターの前でジャンプしながらガッツポーズするシーンで、香川は下を向いたままだった。
日本が2点をリードして迎えた後半16分。FW本田圭佑(ACミラン)のスルーパスを受けたFW岡崎慎司(レスター)が、トラップしてから体を反転させて左足でシュートを放つ。
カンボジアの選手に当たったボールは、まるでピンボールのように相手とFW武藤嘉紀(マインツ)、DF長友佑都(インテル)の間で弾む。次の瞬間、偶然にも後方にいた香川の前に転がってくる。
じゃまをする相手は誰もいない。狙いを定めた右足のインサイドから放たれた強烈な弾道が、ゴールの右隅を確実に射抜く。相手キーパーはその場にへたり込むしかなかった。
出場5試合目にして決めた、ハリルジャパンにおける初ゴール。長友や武藤の祝福を受けて、わずかながら笑みを浮かべた香川はしかし、すぐに表情を引き締めた。
「必ず決めなきゃいけなかったので、ホッとしたというか……。よかっただけです」。
試合後の取材エリア。香川はゴールの喜びよりも、自らが犯したふがいないプレーを責めた。
「前半に決めなきゃいけないところで、外していたので」。
スタンドの歓声をため息に変えた決定的なミス
香川の脳裏に焼きついたまま離れないのは、前半42分に逸したビッグチャンスだ。
左サイドでボールを受けた岡崎がタメを作り、その間に外側を追い抜いていった武藤へパスを送る。自慢のスピードで相手を振り切った武藤が、ゴール前へグラウンダーのクロスを通す。カンボジアの選手たちは武藤とボールだけを見ていて、ファーサイドへフリーで詰めてきた香川に気がつかない。
あとは右足で流し込むだけ。味方の選手、ベンチ、そして満員のスタンドの誰もがゴールを確信した直後だった。かかとの部分に当たったシュートは力なく転がり、キーパーへの“パス”となった。
歓声がため息に変わったとき、香川はゴールポストを抱きしめ、離れ際に右足で蹴りを見舞った。いままで見せたことのない、こわばった表情。胸中には自分自身への怒りが渦巻いていた。
「慎重にいきすぎて固くなったというか……。早い時間帯で点を取ることを狙って、実際にチャンスもたくさんありましたけど、あれはあってはいけないミスだった」。
その直前にもMF山口蛍(セレッソ大阪)とのワンツーで抜け出しながら、至近距離から放ったシュートをキーパーの正面に飛ばしてしまった。まるで敗者のような低い声が、取材エリアに響いた。
日本代表で輝くことができない悪循環
日本代表では存在感を示せない――。いつしか貼られた不本意なレッテルを返上する千載一遇のチャンスを、自らの実力で手繰り寄せたと信じてハリルジャパンに合流した。
背番号を「7」からドルトムント1年目の「23」に戻し、原点に帰って臨んだ新シーズン。公式戦5試合で4ゴールをマークするなど、チームの快進撃を導いてきた。
実際、カンボジア戦を前にして、香川は自信に満ちた言葉を残している。
「監督が代わった新しい環境のなかで、すごく充実してサッカーができている。すべてに集中できている」。
2列目の左サイドを主戦場としたザックジャパンでは、本田が担ったトップ下への憧憬(しょうけい)の思いを抱きながらのプレーを強いられてきた。
当時所属していたマンチェスター・ユナイテッドで出場機会を失い、ゲーム勘を失ったことで日本代表でも精彩を欠いたと指摘された。
昨年9月に古巣ドルトムントへ復帰。曲がりなりにも試合出場を続け、香川本人が「結果が出ないなかでも集中して練習してきた」と振り返った軌跡は、シーズン終盤になってようやく右肩上がりに転じた。
そして、ハリルジャパンで念願のトップ下を手にした。ドルトムントと同じ輝きを放つ条件は、すべて整っていたといっていい。
生真面目な性格が招いた心と体の空回り
それでも、カンボジア戦後に不完全燃焼の思いを募らせた理由はどこにあるのか。
2011年に入ってから、背番号「10」を託された。屈指の司令塔・中村俊輔(横浜F・マリノス)の象徴でもあった「10」番とともに歩んだ4年間を、香川は「結果としては物足りない」と振り返ったのは6月のことだった。
「現状のままではダメなのはわかっている。結果というものを、もっと厳しく求めていかないと」。
おりしもカナダで開催されていた女子ワールドカップで、なでしこジャパンの澤穂希(INAC神戸レオネッサ)が、男女を通じて世界初となる6大会連続出場を果たして脚光を浴びていた。
代表で同じ背番号を持つ者としての思いを聞かれて、こんな言葉を返したこともある。
「澤さんの実績や経験は、全然僕との比較にはならない。僕は僕でやっていきたい」。
気がつけば日本代表における出場歴で長友と並んで、キャプテンのMF長谷部誠(フランクフルト)に次ぐ古参組となった。
攻撃を差配するトップ下の責任を果たしたい。ブラジルで一敗地にまみれた日本代表を、ロシアへ向けてけん引したい――。生真面目な性格ゆえに、代表に招集されるたびに自らに過度のプレッシャーをかけ、心と体を空回りさせてきたのではないだろうか。
通算得点でゴン中山に並んでも封印された笑顔
実際、日の丸を背負った香川からは“はつらつ感”といったものが伝わってこない。常に重い十字架を背負っているかのような、思いつめた表情がまず浮かんでくる。
カンボジア戦の前半42分に犯したシュートミスは、そうしたプレッシャーの代償なのだろう。
「このチームで長年やらせてもらって、自分でも引っ張ろうという気持ちは強い。そういうメンタル的なものも自分には必要になってくる」。
こんな思いを漏らしていたのは、6月のシンガポール代表戦の直前だ。ロシア切符をかけた初戦がまさかのスコアレスドローに終わり、自身も後半15分にベンチへ下がっていたことで、責任感がさらなる空回りを招く悪循環に陥ってしまった。
カンボジア戦で決めたゴールで通算21得点となり、歴代10位の「ゴン」こと中山雅史に並んだ。
「歴代の人たちが築き上げてきたものを、僕らの世代がもっと超えていけるようにしたい」。
取材エリアで最後まで笑顔を見せなかった香川は、自らに言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「勝ったことが一番評価される。これを次につなげたい」。
次戦はイランに舞台を移し、9月8日にアフガニスタン代表と戦う。プレッシャーを力と笑顔に変えられるか否かは、香川自身のメンタルにかかっている。
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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)
日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。