梅原大吾『勝ち続ける意志力』(小学館/2012年4月/740円+税)

世の中には色々な職業があるが、プロ・ゲーマーという職業があることをご存知だろうか。彼らは文字通りゲームのプロフェッショナルであり、大会の賞金や企業がスポンサーになるなどの形で「ゲームをすること」によってお金を稼ぐ。業態としてはプロ野球選手やプロゴルファーなどといったプロのスポーツ選手に近いかもしれない。実際、対戦ゲームをスポーツ競技のように捉えたeスポーツ(Electronic sports)という言葉もあり、ゲームは単に趣味としてプレイするものから、観戦して楽しむものという新たな側面を獲得しつつある。

日本のプロ・ゲーマーで最も有名なのは、梅原大吾(ウメハラ)であろう。「背水の逆転劇」と呼ばれる試合の動画がYouTubeで2,000万回以上再生されたり、普段はゲームの話なんて全然書かない某有名ブロガーが熱心に取り上げるなどしたので、ゲームに興味がなくても彼のことを知っている人は少なくない。

今回取り上げる『勝ち続ける意志力』(梅原大吾/小学館/2012年4月/740円+税)はそんな世界一のプロ・ゲーマーウメハラが自身の勝負哲学やプロ・ゲーマーになるまでの道筋を綴ったものである。僕は普段ほとんどゲームをやらないのだが、それでも本書に書かれている勝負哲学は面白かったし、参考にもなった。人生には必ず勝負の局面がある。勝負に勝ちたいと少しでも思ったことがある人は、ぜひ本書

成長できない方法で勝っても意味はない

当然だが、プロ・ゲーマーと呼ばれる人たちは、ほんの一握りしか存在しない。趣味としてゲームをプレイする人はかなりの数になると思うが、それで稼いで生活するプロとなると、本当に数えるほどしかいない。そもそも、日本では最近までプロのゲーマーなんていなかった。ウメハラが驚異的なのは、プロなんて誰も存在しないという状況から、圧倒的な力でプロ・ゲーマーという職種そのものを築いてしまったという点にある。

そんなウメハラの強さの秘密はどこにあるのだろうか。もしかしたら、純粋に才能の問題だと思う人がいるかもしれない。もちろん、ウメハラに天賦の才があることは疑いない。しかし、彼の強さを支えているのは才能だけではない。本書を読むと分かるが、彼はとんでもない努力家だ。そうやって努力し続けられることを、ウメハラ自身も自分の強みとしてしっかり認識している。

ゲームにはある程度要領よく勝つための戦術が存在する。たとえば、相手の癖や行動を記憶して、それに対応した戦いをする「人読み」という技術がある。相手の癖や行動パターンがわかっていれば、自ずと弱点も見えてくるので、その分勝ちやすくなるわけだ。しかし、ウメハラはあえてそのような安易な戦術には頼らない。人読みをしている以上、その強さは相手にしか通用しない極めて限定的なものになる。それでは自分が成長していることにはならない。ウメハラにとって、ゲームをする目的は自己の成長のためであり、成長できない方法で勝っても意味はない。

このストイックな成長に対する考え方が、ウメハラの日々の努力の源であり、強さの秘密でもある。この考え方を知ると、彼が「世界一」なのも当然だと思えてくる。

自分を痛めつけるだけの努力はしてはならない

努力と一言で言っても、ただガムシャラに時間を費やせばよいというわけではない。方向を見誤った努力は、時に悪い結果をもたらす。

実はウメハラも過去に努力の方向を誤って痛い目にあっている。「カプコン」公認のオフィシャル大会にて、ウメハラは4連覇が懸かった戦いに勝利するため、自分を徹底的に追い込んだ。1日の大半をゲームに費やし、食事はうどんしか食べなかった。最終的には食事自体放棄し、どんな仲のよい友達であっても邪険に扱い、すべてをゲームに注ぎ込んだ。結果は4連覇ではなくベスト8で終了。その時はあまりにものショックで、半年ぐらいゲームから離れることになったらしい。

この失敗から、ウメハラは「自分を痛めつけることと努力することは違う」ということを学んだという。たとえ15時間ガムシャラに努力したとしても、何の発見も変化もなく、ただ自分を痛めつけただけだとしたらそれは無意味だ。逆にわずか3時間であっても、小さな発見や変化があれば自分は成長していける。努力は重要だが、同時に質も追求していかなければ成長し続けることはできない。

とりあえず目の前の階段を上がる

「どうすればゲームが上達しますか?」と質問された時、ウメハラは「まずは目の前のことに集中する」ことを勧めるそうだ。世界一になるために、登らなければならない階段の数はあまりにも多い。しかし、目の前に見えている階段を数段登ることはできる。そうやって5段ぐらいずつ登っていけば、いつかは500段に到達する。淡々と、日々少しずつでも成長し続けることが、いつかとんでもない高みにいることに気づく日が来るかもしれない。

本書を読んでやる気になった人は、ぜひ少しずつでも階段を登り続けていただければ幸いだ。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。