利上げと保有債券の削減が「金融政策の正常化」
米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)の利上げ開始がいよいよ現実味を帯びてきた。また、過去の3度のQE(量的緩和)を通じて購入し、現在も保有している大量の債券を、FRBはどこかの時点で削減することになる。
FRBは、利上げと保有債券の削減を「金融政策の正常化」と呼んでいる。FRBがどのように金融政策を正常化するかを、昨年9月に発表された「政策正常化の原則と計画」に沿って(以下の本文黒字部分)概観しておこう。
- まず、FRBの金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)が、適切だと判断したタイミングで、「政策金利」の目標レンジを引き上げる。
ここで注釈が必要だろう。米国の政策金利はフェデラルファンド・レート、FFレートと呼ばれる。FFレート自体は、金融機関同士が資金の過不足を調整するフェデラルファンド(FF)市場で決まる金利である。FRBはFF市場で資金の供給や吸収を行って(=公開市場操作)、目標とする水準にFFレートを誘導するのである。
通常であれば、FRBは金融機関との間で適度な額の国債を売買することで、比較的容易にFFレートを誘導することができる。しかし、現在は、QEなどにより市場に資金が溢(あふ)れているため、FFレートの高めへの誘導はかなりの困難を伴うようだ。
- FFレートの引き上げは、「超過準備の付利」を調節することで主に行う。また、FFレートをコントロールするのに、必要なら「翌日物リバースレポ」やその他のツールを補完的に利用する。
金融機関がFRBに預けている資金(=準備)のうち、義務付けられているものを必要準備、それを上回る部分を超過準備(または過剰準備)という。その超過準備は、リーマンショック前20年間の平均が80億ドル程度だったが、いまや2.5兆ドルに膨張している。それだけ、カネ余りということだ。
大量の債券を売却すれば市場が混乱に陥る可能性、従来とは異なるいくつかの方法
一方で、FRBがFFレートを誘導するために、保有している大量の債券を売却するならば、債券市場が大混乱に陥るかもしれない。そこで、超過準備に付ける金利や翌日物リバースレポ(金融機関からみて、国債の売り戻し条件付購入)など、従来とは異なる、いくつかの方法を用いるのだ。
FOMCは主に、償還される債券の再投資を停止することを通じて、ゆっくりと、かつ予測可能なやり方で、保有債券を削減する意向である。
元本の再投資を停止するのは、FFレートの目標を引き上げた後になるが、タイミングは経済情勢に依存する。
FOMCは、住宅ローン担保証券を売却することは想定していない。一方、長期的には、FRBは金融政策に有効な、必要最小限の債券を保有し、それらは専(もっぱ)ら財務省証券(国債)となる。
現在、FRBは債券が償還されて元本を受け取ると、それを新たな債券に再投資している。債券の保有額を維持することが金融緩和効果をもたらしていると考えているからだ。再投資を停止することで、保有債券は徐々に減少することになる。ただし、満期まで10年ないしそれを超える債券も多い。とりわけ、住宅ローン担保証券はほぼ100%が満期10年以上だ。金融政策の正常化には10年単位の時間がかかるだろう。
なお、FRBは今年8月12日時点で、4.2兆ドルの債券を保有している。国債が2.5兆ドル、住宅ローン担保証券が1.7兆ドルだ。「必要最小限の債券」とはおそらく1兆ドル程度だ。FRBは3.2兆ドル、日本円にして約400兆円分の債券を削減する必要がある。
金融政策の歴史的な大転換、不測の事態が起きないという保証なし
FRBは金融政策の正常化に向けて、様々なツールをテストするなど入念に準備を進めている。恐らく上手くやるのだろう。ただし、金融政策の歴史的な大転換であり、その過程で不測の事態が起きないという保証はない。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフ・アナリスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフ・アナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。