アクセンチュア 戦略コンサルティング本部 シニア・マネジャーの関口朋宏氏

では、具体的に日本の企業がそうした来るべき将来に対し、どう備えれば良いのか。対応の方針として例えばIoTという成長が期待される市場を例にとって見た場合、単にモノを作って売る、といった従来型のビジネスモデルから、そのモノが生み出す"何か"をどのように活用するのか、といったサービスまで含めた機能的価値を提供することが求められるようになる。そうしたサービスを実現するためには、「これまでの機械技術(ハードウェア)中心の考えから、ソフトウェア中心の考えにシフトしていくことが必要」と述べるのは、石川氏と同じアクセンチュアの戦略コンサルティング本部でシニア・マネジャーを務める関口朋宏氏だ。

「ソフトウェアエンジニアリングで世界を席巻しているGoogleやAmazon、Apple、Facebookの4社の時価総額は合計約150兆円。片や日本の製造業の時価総額上位4社の合計が約46兆円。連結社員の数は約19万人対約89万人と、1人あたりの成長に対する期待値は大きな隔たりがある」(同)。もちろん、製造業は労働集約的な部分があり、そうした面だけでは測り切れない部分があるが、「すでにはGoogleが自動車の世界に参入したり、ソフトバンクが電力事業に参入するなど、既存の市場に異業種からまったく異なる価値を持って参入していく企業が次々と出てきており、そうした企業が市場の競争の在り方を根底から変化させ、将来的に覇権を奪う可能性が出てきた」という流れが世界的に起こっており、海外の大手製造業なども、リーン・スタートアップを活用するなど、ソフトウェア開発の概念を取り入れ、スピーディな意志決定を図ろうとしているのも事実だ。

米国をけん引するソフトウェア企業と、日本を代表する製造業の時価総額比較(2015年7月24日時点)。企業の比較は単に時価総額だけでは決まらないが、ソフトウェア的な発想の企業が既存産業に参入することで、競争の土俵がこれまでとはまったく異なる場所に移ってしまう可能性が出てきた

関口氏は「日本もグローバルで戦っていくためには、こうした流れに乗るための備えをしていく必要がある」とも語っており、そうした方策として、「内製と外製の在り方の見直し」と、「顧客に寄り添うための意志決定の前線化と高速化」を挙げる。

従来、日本は新卒を正規雇用し、その人材を長い間かけて育成していく、という流れが基本路線としてあった。もちろん、学生側も昨今の情勢を理解し、就業能力をなるべく早い段階から入手しよう、という動きも出てきており、入社時点でまったくの未経験、ということをなくそう、という動きもなくはない。しかし、それでもやはり人材の育成には相応の時間がかかり、スピード感が求められる市場では、競争に追いつけないことも出てくる。そのため、内部でなんでも用意するのではなく、外部からも柔軟に、そうした能力や知識、アイディアを手に入れる方法を考える必要がでてくる。

もはや人材を獲得するという行為は、"採用"から"調達"へとパラダイムシフトが起こりつつあるといえる。調達という観点から考えると、クラウドソーシングの活用も1つの選択肢となる。クラウドソーシングは、ICT技術の発展により、市場の成長が見込まれる分野としても期待されるが、近年は、これまでの単なる労働力確保という意味合いのみならず、企業としての差別化要因としての活用や、専門家集団が集うコミュニティそのものとのコミュニケーションによる理解促進といった活用も世界的には進められるようになってきたという。しかし、関口氏は、「日本企業がこうしたものに踏み込めているかというと、だいぶ取り組み数は増えてはきたものの、まだ踏み込みの度合いは浅い。アイデアソンやハッカソンなども開催されているが、その多くが日本の中という閉じられた世界での開催であり、今後の成長を考えるのであれば、グローバルの中でアイデアや能力の収集を行っていくことが求められるはずだ」とする。

今後は、これまでとはまったく毛色の異なるプレーヤーがデジタル技術の進歩を背景に市場参入をしてくることで、想定外の競争環境にさらされる可能性が高まってくる。そうした中、企業は変化の速度に対応していくために人材確保の方法も見直す必要に迫られることとなる

一方で、企業の変化に併せて、従業員に求められる能力も必然的に変化していくこととなる。例えばハードウェアとソフトウェアが密接に絡む必要があるIoT市場は、GoogleやAmazonといったソフト側、日本の製造業のようなハード側双方から、成長市場と期待され、参入が相次いでいる。こうした分野は、ハードウェアとソフトウェアの融合が必須であり、これまでも組み込み分野のエンジニアには求められる能力ではあったが、ソフトウェアのエンジニアがハードウェアのことを、ハードウェアのエンジニアがソフトウェアのことを、互いにある程度、理解する必要が出てくる。もちろん、軸足はソフトウェア、ハードウェアのいずれかではあり、不得意な方は、別の得意な人や企業と組んで進めていくといったところが現実的な対応となるだろうが、より良い製品・サービスを実現していくためには、それこそかつての日本の半導体メーカーや電機メーカーのようなIDM(Integrated Device Manufacturer:垂直統合型デバイスメーカー)的なすり合わせを双方が行っていく必要があり、やはりある程度、相手側の技術を理解する知識が必要となるため、単にどちらかのエキスパートであれば通用する、ということはなくなってくることとなる。

相手が人ではなく、ロボット技術(人工知能)の場合も今後は増えてくる可能性もある。すでにソースコードを自動生成してくれるIDE(統合開発環境)や、最適な配線を自動で実行してくれるツールなどは存在しており、半導体ベンダなどもハードのことがよく分からないソフトエンジニアでもある程度のパフォーマンスを出せるハード設計ツールといったものも提供を開始している。この流れの先には、ソフトウェア/ハードウェアの垣根を越え、そうした機械と人間がコラボレーションする機会も増えてくる世界が見えてくる。

デジタル技術の進歩は企業に変革を求めるが、それに伴い仕事の内容も変化していくので、必然的にそこで働く人たちが取り組む事柄も変化していくこととなり、より高い価値が求められるものとなっていく

そのような時代にあって、継続的に成長を続けていくためには、企業は組織の在り方そのものをどう変化させていくのか、そして人は、新たな能力や技術をいかに身に着けていくのかを、顧客の価値をどのようにしたら向上できるのか、といった観点から考えていく必要がある。デジタル化の発展により消えゆく仕事もある一方で、人と機械が協力することで、これまで以上の大きな、そして新しい価値を生み出すことが可能となる時代が、目前に迫っている。