グレッグ・マキューン『エッセンシャル思考 最小の時間で成果を最大にする』(かんき出版/2014年11月/1600円+税)

やりたいことが多くなりすぎて、結局どれも中途半端で終わってしまったという経験はないだろうか。ここ数十年で、僕たちが「選べる」ことはとても多くなった。インターネットの普及で手に入れられる情報の量も飛躍的に増えた。それゆえ、漫然と生活しているだけでもやりたいことは際限なく増えていく。どこかで取捨選択しないと、いたずらに時間だけが過ぎていき、気づいたら何も成し遂げることなく一生が終わってしまうということになりかねない。

「好奇心を全開にして、とりあえずできることはなんでもやってみよう」という考え方はそれはそれで正しいとは思う。しかし現代はこのやり方だけだとうまくいかないことが多くなってきている。ビジネスも娯楽も多様化が進んでいるので、律儀に興味を抱いたものすべてに関わっていては結局は何もできないで終わってしまう。これからの時代を有意義に生きるためには、本当に必要なものに絞ってそれに全力集中する技術も身につけなければならない。

今回紹介する『エッセンシャル思考 最小の時間で成果を最大にする』(グレッグ・マキューン/かんき出版/2014年11月/1600円+税)は、そんな「人生のムダを排除し、本当に必要なものだけに絞り込む技術」を扱った本である。「あれもこれも、やりたいことが多すぎて結局どれも中途半端になっている」という危機感を抱いたことがある人には、強くおすすめできる一冊だ。

優秀な人ほど「なんでもやらなければ」の罠に陥りやすい

素朴に考えると、「あれもこれも、全部やらなければならない」という罠に陥ってしまう人は優先順位がつけられない仕事の能力が低い人のように思える。しかし、実際には優秀な人ほどこの「なんでもやらなければ」の罠に陥りやすいという。本書では、これを「成功のパラドックス」と呼んでいる。成功のパラドックスは以下のような4段階を経て発現する。

第1段階:目標をしっかり見定め、成功へと一直線に進んでいく。
第2段階:成功した結果、「頼れる人」という評判を得る。「あの人に任せておけば大丈夫」と言われ、どんどん多様な仕事を振られるようになる。
第3段階:やることが増えすぎて、時間とエネルギーがどんどん拡散されていく。疲れるばかりですべてが中途半端になる。
第4段階:本当にやるべきことができなくなる。成功したせいで、自分を成功に導いてくれた方向性を見失ってしまう。

一度成功してしまったがゆえに、やるべきことが増えすぎて最終的に大事なことが見えなくなってしまっている。なんとも皮肉な話だが、実際にこのパラドックスに陥っている優秀な人を目にする機会は少なくない。優秀な人は周囲から何でもできると思われて色々な仕事を振られがちだが、それに律儀に付き合っているとパフォーマンスが発揮できなくなり、最終的には優秀な人であり続けることができなくなってしまう。このことから、本当に優秀な人は「なんでもできる人」ではなく「やるべきでないことをきちんと切り捨てられる人」であることがわかる。

「トレードオフ」という現実を直視する

そうは言っても、人間は欲張りな生き物だ。「あれもこれも、全部やりたい」と思ってしまうのが人情である。僕自身もどちらかというとそのタイプなので、そう思ってしまう人の気持はよくわかる。

しかし、実際にはそれは現実が見えていない考え方だ。人生の時間が有限である以上、物事には必ず「トレードオフ」がある。何かをするために時間を使えば、その分他の何かをする時間が失われる。エッセンシャル思考で大切なのは、この「トレードオフ」という現実を直視することだ。何か仕事を引き受けたり、あるいは何かをするときは、必ずそれをすることでできなくなることを意識する。トレードオフを心から意識できるようになれば、軽々しく仕事を引き受けたり、些末なことに時間をかけたりといった人生の時間のムダ使いは大きく減ることになるだろう。

時間をかけるべきものにはしっかりかける

本書は、人生のムダの排除を説く一方で、時間をかけるべきものにはしっかりと時間をかけることも推奨している。そのうちの代表例のひとつが「睡眠」だ。非エッセンシャル思考であれもこれも何でもやろうとしていると、睡眠は最初に犠牲になる。睡眠時間を極限まで削って、1日の可処分時間を必死に増やそうとする。しかしこれは実際にはあまり賢い選択ではない。睡眠不足は健康を害し最も大事な自分という資産を傷つけることになるし、十分な睡眠が取れていない状態では脳の機能が低下する。何より、エッセンシャル思考で一番大切な優先順位付けの能力まで低下する。

エッセンシャル思考では、十分な睡眠は本当に大切なことに集中するための前提となる「武器」だ。この考え方は、徹夜や長時間労働を何よりも嫌う僕にとっては非常に納得のいくものであった。

情報過多の現代を有意義に生きるために、エッセンシャル思考はぜひとも身につけたい技術である。やりたいことがありすぎて毎日が消化不良だという人は、絶対に損をしないのでぜひ読んでみて欲しい。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。