商品やサービスを作っている人たちの多くは、当然ながらヒットさせようと思って日々の仕事に取り組んでいる。しかし、実際には商品やサービスをヒットさせることは簡単ではない。僕も会社員時代はとあるインターネット企業でいくつかサービスを開発・運営していたのだが、残念ながら「ヒット」と胸を張れる結果を残すことはできなかった。世の中を見回しても、ヒットを生み出すことができている人たちはほんの一部で多くの人たちはいつかヒットを打つ日がくることを夢見て、毎日必死にアタマをひねり続けている。
では、ヒットになる商品・サービスとヒットにならない商品・サービスではいったいどこが違うのだろうか?この問題に明快な答えを与えることは難しい。それがわかれば世の中ヒット商品だらけになるはずである。それでもヒット商品を生み出す可能性を少しでも高めたいというのであれば、ひとつの方法として実際にヒットした商品・サービスを分析してみるという方法がある。実際に開発に関わった人たちや現場でその商品を扱っている人たちから話を聞くことができればより望ましい。
今回紹介する『ササる戦略』(土肥義則/三才ブックス/2015年6月/1300円+税)は、実はそれに近い体験ができる本である。本書では飲料メーカーからウェブサービスまで、「ヒット」と言うにふさわしい商品やサービスを生み出した会社にインタビューに行き、その結果を対談形式でまとめている。ヒットを生み出す仕事に関わっている人は、読んでみると何かヒントを掴めるかもしれない。
ずっと売れ続けているのには理由がある?
本書で取り上げられている商品・サービスは非常に多岐に渡っている。ダイドーブレンドコーヒーやピノ、セブンティーンアイスといった食べ物から、グノシーのようなスマホアプリ、横浜DeNAベイスターズといった球団まで実際にヒットしたものであれば特にジャンルの絞りは行われていない。自分がいま関わっている仕事とは程遠いものも当然含まれているだろうが、それゆえ思いもよらなかった視点が手に入るチャンスがある。
本書が面白いのは、一時的に流行に乗って大きく売れたものを取り上げるというよりは、ずっと長く売れ続けているものを「ヒット」と捉えて取り上げるようにしているところだ。たとえば、森永乳業株式会社のピノは発売以来40年間売れ続けている商品だし、本田技研工業株式会社のスーパーカブにいたっては50年以上に渡って日本だけでなく世界で売れ続けている。こういったロングセラー商品は毎年発表される「ヒット商品番付」には上がってこないものの、実数値で見れば一過性で消えるものに比べて圧倒的に「ヒット」という言葉がふさわしい。
もっとも、ロングセラー商品がなぜずっと売れ続けているのかは、本書を読んだからといって必ずしも明快な答えが得られるものではない。もちろん、それが売れているであろう仮説はいくつかあり、それらは本書でも取り上げられているが、「売れている理由」は担当者も含めて実はよくわからないという場合が少なくない。たとえば、ピノの担当者は「なぜピノは40年近くも売れ続けてきたのでしょうか?」と質問されて、「正直言ってわかりません」と答えている。このあたりが、ヒット商品の面白さでもあり難しさでもある。本書はあえてその難しいところに切り込もうとしているので、ある意味では非常にチャレンジングな本であるとも言えるだろう。
視点をズラすことの大切さ
ヒットを生み出すために大切なことのうちのひとつは、月並みな表現だが「常識にとらわれない」ことだろう。たとえば、ダイドーブレンドコーヒーはそれまでの自動販売機の常識をあえて疑うことで売上げアップを実現した。従来の自販機業界の常識では、自販機の一等地は一番左上だった。これは、自販機で飲み物を買おうとする客がズラッと並んだ商品の左上からはじまって「Z」の字を描くように視点を動かすと考えられていたからで、この常識は30年間に渡って不動のものと考えられていた。
ダイドードリンコはこの常識を鵜呑みにせず、アイトラッキング技術を使用して客の視点の動きを分析したところ、なんと本当の一等地は左上ではなく左下であることが判明する。実際に主力商品を左下に移動したところ、売上は数十パーセントもアップしたという。これこそまさに常識にとらわれない、視点をズラずという行為なのではないだろうか。
もちろん、常識に反発することがつねによい結果を生むとは限らない。先人たちが長い時間をかけて検証して得られた知見は、利用しなければもったいない。それでも、どこかでは視点をズラさなければ新しいものは生まれないし、ライバルとも差はつけられない。「視点をズラす」と言ってみることは簡単だが、やってみるのは難しい。本書で、ぜひ視点をズラす際のコツのようなものを掴んでいただければ幸いだ。
日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。