ハリルジャパンが格下相手にスコアレスドロー発進を強いられた3つの理由に迫る

ワールドカップ・ロシア大会出場をかけたアジア2次予選初戦で、まさかのスコアレスドローに終わったハリルジャパン。FIFAランク154位のシンガポール代表へ23本ものシュートを見舞いながら、またも課題である決定力不足を露呈した理由を3つの側面から探る。

現実のものとなったハリルホジッチ監督の懸念

戦力的に劣るチームが強敵を倒す。いわゆる「ジャイアントキリング」が最も起こりやすいスポーツが、サッカーであることにおそらく異論はないだろう。

おりしも世界中で番狂わせが続出していた。ユーロ2016予選ではFIFAランク102位のフェロー諸島が、昨夏のワールドカップでベスト16に進んだギリシャを2対1で振り切った。

チリで開催されているコパ・アメリカでは、FIFAランク4位のコロンビアが同72位のベネズエラに一敗地にまみれた。フランスは男子が親善試合でアルバニアに、ワールドカップの優勝候補に挙げられている女子がコロンビアにそれぞれ苦杯をなめている。

シンガポール戦前日。フランス国籍をもつハリルホジッチ監督はこれらを例に挙げて、日本の快勝発進を期待する楽観論に警鐘を鳴らしていた。

「この試合には罠が仕掛けられていると私は思っている」。

メディアを通じて「相手を過小評価するな」というメッセージを発した形だが、指揮官が抱いていた懸念は残念ながら現実のものとなった。5万7,533人の大観衆で埋まったホームで演じた、まさかのスコアレスドローは実質的なジャイアントキリングだったといっていい。

試合後の公式会見。ハリルホジッチ監督は目を赤くしながら「非難するなら私を」と訴えた。相手の守護神イズワン・マフブドが連発した神懸かり的なセーブをはじめ、いくつかの理由が複雑に絡み合っているなかで、それでも「運がなかった」で済まされないものが少なくとも3つある。

「縦への意識」に縛られ、発揮できなかった臨機応変さ

まずはベンチからの視線を必要以上に意識した点だ。ハリルホジッチ監督は、就任以来の3カ月をこう表現している。

「何年も前から実践してきた攻撃方法を抜本的に変えた」。

具体的には奪ったボールをワンタッチ、ツータッチで素早く前線へ入れて、手数をかけずにフィニッシュにもち込む。キャプテンのMF長谷部誠(フランクフルト)をして「世界で戦うために足りなかったもの」と言わしめた「縦への意識」に、あまりにも縛られすぎた。

対するシンガポールはワントップの選手を残して、ゴール前に厚い壁を築いてきた。こうなるとパスを通す隙間や背後のスペースが消されてしまう。試合後にFW本田圭佑(ACミラン)が残した言葉が、すべてを物語っていた。

「相手は日本のテンポを遅らせる守備をしてきた。久しぶりにアップテンポのサッカーをしていた流れで、いきなりこういう状況に追い込まれたときに切り替えられなかった。日本がさらにテンポを遅らせるとか、タメを作ることが必要だった」。

たとえば横にボールを動かせば、相手の守備網も左右に広がって風穴が開く。縦へ攻める前に布石を打つ必要もあったと本田は反省したわけだが、強烈なカリスマ性でチームを指導するハリルホジッチ監督の存在感が、ピッチ上の選手たちから臨機応変な対応力を失わせた。

指揮官は日本人の従順さ、素直さ、勤勉さに心を打たれたという。しかし、皮肉にも肝心な場面で、そうした国民性が悪いほうへ作用してしまった。

リスクを冒す姿勢を失わせたナイーブな一面

次はリスクを冒し切れなかった点だ。11日のイラク代表戦に続いて先発した23歳のFW宇佐美貴史(ガンバ大阪)は、試合開始直後からワールドカップ予選がもつ独特の雰囲気を感じていた。

「『一発決まればさらに(ゴールを)』という展開のまま、試合が進むにつれて焦りが出てきた」。

ハリルホジッチ監督は試合後の公式会見で、こんな言葉も残している。

「選手にアドバイスをするのならば、こういう試合はPKがほしかった」。

相手にとって想定外のプレーをペナルティーエリア内で仕掛けなければ、PKは獲得できない。高速ドリブルを武器とする宇佐美の出番となるはずだが、頭では理解していても体が動かない。怖いものなしのメンタルが影を潜める。後半33分にベンチへ下がるまで、空回りしていた感は否めかなった。

攻撃陣を後方から見ていたDF槙野智章(浦和レッズ)は、時間の経過とともにネガティブな雰囲気がピッチ上に漂ってきたと感じている。

「ボールを失いたくないという思いがあったというか、ミスを怖がる気持ちが相手にとって危険なプレー、嫌がるプレーを出せなくなった消極的さにつながったのかなと」。

終わってみれば、シンガポールはイエローカードをもらうことなく日本を零封している。日本が際どい攻撃を仕掛けられなかった証でもあり、指揮官もこう嘆くしかなかった。

「おそらくイタリア人ならば、ずる賢いプレーで3回はPKをもらっていた。日本のナイーブな面を向上させなければならない」。

戦術的に不可解だった柴崎から原口への交代

最後はハリルホジッチ監督が切った、3枚の交代カードに対する是非だ。

指揮官は後半16分にMF香川真司(ボルシア・ドルトムント)に代えてFW大迫勇也(ケルン)、同26分にMF柴崎岳(鹿島アントラーズ)に代えてFW原口元気(ヘルタ・ベルリン)、同33分に宇佐美に代えてFW武藤嘉紀(FC東京)をピッチに送り出した。

サイドからのクロスを多用する指示を送った後半において、前線をFW岡崎慎司(マインツ)と大迫の2トップに変えた最初の交代は理にかなっていた。

疲れが見えていた宇佐美を、同じくドリブルを得意とする武藤に代えたのもうなずける。意図がわからなかったのは、原口をボランチの少し前の位置で起用したさい配だ。

「シュートを打つためにボールを運んでほしかった。遠くからシュートも狙ってほしかったが……もう少しスピードアップして、シュートを狙ってほしかった」。

指揮官からこう期待された原口は、本来は主戦場とする左サイドから中央へカットインしていく生粋のドリブラー。練習でもプレーしていなかったポジションへの戸惑いを込めながら、こんな言葉を紡いでいる。

「監督の指示としてはパスを散らしながら、チャンスがあればどんどん前へ入っていくことを求められましたけど……難しかったですね」。

原口を投入するのならば右サイドに入れて、宇佐美やその後に投入される武藤と両翼を形成。本田を右サイドから中央に据えたほうが攻撃は機能し、相手に脅威を与えたのではないだろうか。

変化が見えない代表へブーイング

原口は今シリーズで初めてハリルジャパンに招集された。十数日間の合宿を通じて指揮官が原口のスタイルや性格を理解し切れなかったとも言えるし、時間の経過とともに解消されていく問題でもある。

となると、シンガポール戦で露呈した課題で深刻なのは、選手自身のメンタルに起因する「臨機応変さの欠如」と「ナイーブさ」となる。いずれも、期待を寄せられながら惨敗に終わった昨夏のワールドカップから変わっていない姿でもあるからだ。

退場者を出した相手を攻める勇気を欠いた末に引き分けた約1年前のギリシャ戦、試合を支配しながらゴールを外し続けてPK戦で散った今年1月のUAE戦をサポーターにもほうふつとさせたのか。試合後に場内を回った選手たちには、容赦ないブーイングと突然の豪雨が浴びせられた。

ACミランの本拠地をたとえに挙げながら、それでも本田は言い訳をすることなく強気な姿勢を貫いた。

「サンシーロならこの50倍のブーイングを浴びせられる。むしろ優しいくらいだと思う。我々がどうにも悪かった試合ではないし、これが日本の実力。悲観する必要はない。予選は始まったばかりだし、予選を通して評価してもらいたい」。

試合後のピッチ上では、敵地でのドローに喜ぶシンガポールが笑顔で記念撮影に収まっていた。屈辱をいかにして成長へのエネルギーへ変えるか。来年3月まで続く長丁場のアジア2次予選の初戦で、順風満帆だったはずのハリルジャパンがいきなり現実の世界へ引き戻された。

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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。