フランス人と聞けば、細長い「フランスパン」を抱えた姿をイメージする人は多い。ありがちなステレオタイプ? いやいや、実際にパリの街を歩いていると、いたるところで見かける日常の光景だ。ロンドンでもローマでもない、バリにいることを感じる瞬間でもある。
フランス大統領の食卓へ毎朝届くパン
日本で言う「フランスパン」は、本場フランスでは「baguette(バゲット)」。そもそも"細い棒"を意味する語だ。バゲットは、多種多様なフランスのパンの中でも飛び抜けた存在で、国内で購入されるパン全体の約80%を占めるという(在日フランス大使館HPより)。
毎年春には、パリ市が授与する「パリ・バゲット大賞」が話題になる。パリでその年最高のバゲットが選ばれるのだ。受賞したパン職人は、賞金4,000ユーロ(約52万円)、そして大統領官邸のエリゼ宮に1年間バゲットを納める権利を得る。パン職人として最大級の栄誉だ。
ちなみに2015年の受賞者は、パリ18区Le Grenier a Pain(ル・グルニエ・ア・パン)のDjibril Bodian氏。モンマルトル界隈を散歩することがあったら、オランド大統領と同じバゲットを味わってみるのも楽しい。ただし行列を覚悟で。
フランスでは、サンドイッチもバゲットを使ったものが基本となる。かみごたえ食べごたえ共に十分で、ランチにする人も多い。朝食には、細長く横半分に切ったバゲットにたっぷりのバターとジャムをぬった「タルティーヌ」。こちらもシンプルながら驚くほどおいしい。
パンは売っても「パン屋」ではない!?
街のそこかしこにあるパン屋は、実は大きく2つに分類される。"パン屋"を意味する「boulangerie(ブーランジュリ)」の看板が出せる店と出せない店だ。フランスでは、法律により「boulangerie」を名乗るための条件が厳しく定められている。伝統的なパンの製法とそれを担う職人を守ることが狙いで、国を挙げての強い意志が垣間見える。
「boulangerie」の看板を出すには、店内で生地の成形・発酵・焼き上げまでの全行程を行うことが必須だ。いったん冷凍したり、工場生産の生地を使ったりするとアウトで、パンは売れても「boulangerie」を名乗れない店ということになる。
しかし、看板がどうであっても、フランス人の主食=パンを売る店であることに変わりはない。バカンス時期には、他の業種の店舗同様にパン屋も長い休みをとるのが通例だが、界隈でどこかひとつは開いた店があるように、店同士で休みを調整する慣習もある。
暮らしのぜいたくとしての菓子パン
フランスのパンはバゲットのようなハード系だけでなく、「croissant(クロワッサン)」に代表される菓子パン「viennoiserie(ヴィエノワズリ)」も魅力的だ。チョコレートを包み込んだ「pain au chocolat(パン・オ・ショコラ)」、レーズンのうず巻きパン「pain aux raisins(パン・オ・レザン)」、リンゴのパイのような「chausson aux pommes(ショソン・オ・ポム)」などは、大抵の店にある定番なので、言葉を知っていると注文に困らない。
甘いもの好きなフランス人は、こうしたヴィエノワズリにも目がないのだが、意外にも食べる頻度は少ない。日本人がフランスの朝食向けパンとして真っ先に思い浮かべるクロワッサンも、実際には毎朝のように食べるフランス人は少数派だ。バゲットに比べると値段も高くカロリーも高いことが主な理由と聞けば、フランス人の素顔に一歩近づいた気になる。
※Le Grenier a Painは「a」の上にアクセント記号がつく。1ユーロ=130円で換算。記事中の情報は2015年5月のもの。写真はイメージで本文とは関係ありません
筆者プロフィール: 岡前 寿子(おかまえ ひさこ)
東京在住の主婦ライター。ご近所の噂話から世界のトレンドまで、守備範囲の広さが身上。渡仏回数は10数回にのぼり、2年弱のパリ在住経験がある。所属する「ベル・エキップ」は、取材、執筆、撮影、翻訳(仏語、英語)、プログラム企画開発を行うライティング・チーム。ニュースリリースやグルメ記事を中心に、月約300本以上の記事を手がける。拠点は東京、大阪、神戸、横浜、茨城、大分にあり拡大中。メンバーによる書籍、ムック、雑誌記事も多数。