春ドラマもいよいよ終盤戦に突入。「どんな結末が待っているのか?」注目度の高い作品も多いが、クライマックスを前にひとつ気づいたことが……。それは終盤に向けて加速する「ドキドキ」「ヒリヒリ」の緊迫感がいつもより薄いことだ。
多くのドラマから感じるのは、穏やかなほのぼのとしたムード。例えば、『ようこそ、わが家へ』の家族団らんや円タウン出版でのユルい会話。『マザー・ゲーム』の母子が見せる微笑ましいやり取りや、フレンチブルドックのはんぺん。『Dr.倫太郎』の倫太郎が患者を優しく包み込むシーンや、大型のモフモフ犬・弥助。『心がポキッとね』のハンバーガーショップや、白神メンタルクリニックでのニコニコカウンセラー。『アイムホーム』の家路と良雄が父子で遊ぶシーンや、第十三営業部のトボけたやり取りなど、「シリアス色が強い」と予想されていた作品における、ほのぼのとした演出が目立っている。
しかもその傾向は、終盤に差しかかった今も一向に変わっていない。なぜテレビ局の垣根を越えて、このような傾向が生まれているのか? 珍しい現象だけに、その理由を考えていきたい。
『ドクターX』ばかりではつまらない
真っ先に挙げられる理由としては、一般視聴者の"重いテーマ離れ"。昨年大ヒットした『ドクターX』『HERO』を踏まえると、視聴者ニーズの最たるものは「スカッとする痛快作」「エンタメ性の高いヒーローもの」であることが分かる。
しかし、作り手の意識としては"ドラマ=人間ドラマ"であり、「人間の葛藤や暗部を描きたい」という意識が強い。いわば、テレビマンたちは「ドラマを『ドクターX』『HERO』ばかりにするワケにはいかない」「厳しいことは分かっているけど、ドラマである以上シリアスで重いテーマの作品を作りたい」のだ。
そんな思いに暗い影を落としたのは、昨年10~12月に放送された『ファーストクラス』の大不振。フジテレビとしては自信作の続編を投入したのだが、ほのぼのとした展開に終始した裏番組『きょうは会社休みます。』に評判・視聴率とも完敗を喫した。テレビマンたちの頭に「シリアスで重いテーマのドラマは厳しいのでは」という不安が植えつけられたのは想像に難くない。
そこで考えられたのが、"重いテーマ+ほのぼのシーン"という落としどころ。これは、サスペンス、ミステリー、社会問題、事件などのシリアスで重いテーマを扱いながら、ほのぼのとしたシーンを意図的に増やして中和させようというもの。「視聴者に歩み寄ろう」というテレビマンたちの姿勢は明白だ。
心が病んだ人のドラマが水曜に2つ
ではなぜ視聴者は、シリアスで重いテーマのドラマを避けるようになっているのか。
その答えは至ってシンプル。日ごろニュースで痛ましい事件・事故を目の当たりにし、日々の生活も仕事・人間関係・お金などで厳しい現実にさらされているから。「せめてドラマの中くらいはスカッとしたい」「ドラマまで暗いのはやめてほしい」という気持ちが強くなっている。
会社員の疲れやストレスがたまる平日のド真ん中に、『Dr.倫太郎』『心がポキッとね』という"心が病んだ人が再生するドラマ"をラインナップしたのは、テレビマンたちがそのことを分かっているからだろう。しかし、現状の評判・視聴率を見ると、「悩み多き現代人を癒そう」という思惑通りにいっていないことが分かる。
ハードな描写、痛々しいシーン、突き刺さるようなセリフを大幅に減らし、ほのぼのとしたシーンを増やすなど、「暗い気持ちになりすぎないように配慮」しても、現在の視聴者はまだ抵抗があるのかもしれない。
しかし、シリアスで重いテーマのドラマは、問題が解決に向かい、謎が解明される終盤に強い傾向がある。実際、『ようこそ、わが家へ』が3週連続で、『マザー・ゲーム』が2週連続で視聴率アップしているのはその兆しではないか。
「シリアスで重い」を貫いた異色作『64』
上に挙げた以外でも春ドラマには、『ヤメゴク』『三匹のおっさん』『ドS刑事』など、ほのぼのとしたシーンを交えたドラマは多い。その中で異彩を放っていたのは『64』。NHKが誇る最高のスタッフをそろえ、一切の笑いや遊びを排除した重々しい展開は、同じ連ドラとして比較しづらいほどの差別化を感じた。
しかし、『64』は一部ドラマ通の評価こそ高かったものの、一般的にはほとんど話題にならないまま終了。それを見たテレビマンの頭には、「視聴率に縛られないNHKだから挑戦できただけ」「やはり民放で作るのはリスクが大きすぎる」という印象が残ったのではないか。
また、『アルジャーノンに花束を』は、野島伸司が脚本監修を手がけただけあり、シリアスで重いテーマを貫いている。これは『ウロボロス』『家族狩り』『クロコーチ』など、シリアスで重いテーマを追求し続けるTBS金曜22時枠のスタンスとも言えるだろう。「どこまでブレずに続けられるのか?」、その意味では、今後も要注目のドラマ枠だ。
今後も"重いテーマ+ほのぼのシーン"の流れは続くのか。それとも『64』『アルジャーノンに花束を』のようにシリアスで重いテーマを貫く作品の巻き返しはあるのか。個人的には、視聴者の顔色をうかがいすぎることなく、他局の成功を模倣するのではなく、さまざまなジャンルと脚本・演出のドラマがあってほしいと願っている。
■木村隆志
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴する重度のウォッチャー。雑誌やウェブにコラムを提供するほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。