米Microsoftが2015年5月に開催したBuild 2015のキーセッションをご覧になっていた方は、突然スクウェア・エニックス第2ビジネス・ディビジョン ディビジョン・エグゼクティブの田畑端氏が映像とともに現れたことに驚かれたかもしれない。

スクウェア・エニックスが開発したリアルタイムCG技術デモンストレーション「WITCH CHAPTER 0[cry]」は、同社だけではなく、ソフトウェアとしてのMicrosoft、ハードウェアとしてのNVIDIAの協力があったからこそ生まれたものだと田畑氏は語った。de:code 2015の基調講演後の20分間という短い時間だが、制作に関する話を聞けたので、その情報をご報告する。

最先端の3社タッグで生まれた「WITCH CHAPTER 0[cry]」

ラウンドテーブルを始める前に田畑氏は、Build 2015で用いたデモンストレーションPCとほぼ同等のモデルを会場に持ち込み、我々に披露した。下図をご覧になっても分かるとおり、NVIDIAのグラフィックカード、TITAN×4枚差しというパワフルなモデルだが、実行時はGPU周辺の温度が90度程度まで上昇するという。

「WITCH CHAPTER 0[cry]」のデモンストレーションに用いたPC。GeForce GTX TITAN Xの4枚差しはそうそうお目にかかれるものではない

"ほぼ同等"と述べたのは、開催場所によって使用するPCが異なるからだ。Build 2015とde:code 2015はもちろん、de:code 2015の基調講演時と5月27日開催のブレイクアウトセッションにおいても、使用するPCが異なるそうだ。もっとも基本的なスペックは同じで、CPUはIntel Corei-7、マザーボードはASUS X99-E、ストレージはSSD、GPUはGeForce GTX TITAN X 4way SLIという構成だ。物理メモリーは、基調講演用のPCは64GBだが、ブレイクアウトセッション用は32GBとなる。

こちらのPCで実行したリアルタイムCG技術デモンストレーションが、WITCH CHAPTER 0[cry]だ。Build 2015のキーノート(2日目)の動画で視聴できるため、未見の方はリンク先から1度ご覧になってほしい。

「WITCH CHAPTER 0[cry]」の1シーン(Build 2015 キーノートより)
(C)2015 SQUARE ENIX CO.,LTD All Rights Reserved.

WITCH CHAPTER 0[cry]に関するスペックも明らかにされたので、こちらもまとめて紹介しよう。キャラクターライティングパスは1,100万ポリゴンに至る。一般的に髪の毛の本数は約10万本と言われているが、登場する女性キャラ「アグニ」にも同等の本数を描画し、そのポリゴン数は600万本に及ぶ。女性の首回りにあるファーは200万ポリゴン、その他の体やアクセサリーといったパーツに300万ポリゴンを当てている。

アグニに対するシャドーにも600万ポリゴンを使っているため、キャラクターだけでもトータル1,700万ポリゴン、背景ライティングパスにも1,100万ポリゴンを使っているそうだ。このような個人では手の届かないレベルのCGを、前述したPCでリアルタイム描画できるかチャレンジするのが、本デモンストレーションの目的という。なお、内部的(デバイスに送信するレンダリングターゲット)は4K映像で処理し、実際の出力は2K(フルHD)だ。

田畑氏は、詳細を5月27日のブレイクアウトセッションで述べると前置きしながらも、スクウェア・エニックスだけで実現することは難しかったため、最先端のソフトウェア(=Microsoft)とハードウェア(=NVIDIA)が共同で取り組んだ技術的成果であると強調した。プロジェクト自体は2014年12月頃にスクウェア・エニックス社内で始まり、日本マイクロソフトやNVIDIAへほぼ同じタイミングで声をかけたという。水面下の交渉を経て、2015年1月にスタート。

ここで、日本マイクロソフト デベロッパーエバンジェリズム統括本部エバンジェリストの大西彰氏が発言。「日本マイクロソフトは米国本社との窓口的な役割にあたった。当時開発中のDirectX 12にアクセスするための交渉や、2015年3月からサンフランシスコで開催したGDC(Game Developers Conference)2015にスクウェア・エニックスの関係者を招いて、DirectXチームやWindows APIチームなど開発に携わるコアメンバーを紹介した」そうだ。GDC 2015の脇でスクウェア・エニックスチームはMicrosoftとの交渉にあたったという。

スクウェア・エニックスの田畑氏(写真右)と、日本マイクロソフトの大西彰氏(写真左)

他方で、WITCH CHAPTER 0[cry]を実行するPCとして、GeForce用DirectX 12対応デバイスドライバーの取り組みが早々に始まることになったと語るのは、NVIDIAコンテンツ&テクノロジー事業本部コンテンツマネージメント部 コンテンツマネージャの平柳太一氏だ。DirectX 12自体はGDC 2015の時点でAPI周りが確定し、後はチューニングを残すのみとなっていたため、そこからはスクウェア・エニックス側でDirectX 12の可能性や検証データの収集といった、時間との闘いが始まったという。Build 2015において、デモンストレーション可能なレベルに達したのは4月上旬だったそうだ。

WITCH CHAPTER 0[cry]の開発でもっとも苦労したのが「DirectX 12の可能性」と語るのは、スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 リードアーティストの岩田亮氏。DirectX 11はほぼ理解していたが、(その時点では)DirectX 12に関して未確定な部分も多く、DirectXの早期ビルドに参加していた背景から、Windows 10 Insider Preview(当時はTechnical Preview)とともに頻繁なバージョンアップに悩まされたという。そのため岩田氏は、「現ビルドで動作したコードが、次のビルドでどのように変化するか。これを見定めながら開発を進めなければならないため、霧の中を歩むようだった」と語っていた。

スクウェア・エニックスの岩田亮氏(写真右)

田畑氏はWITCH CHAPTER 0[cry]で、「リアルタイムレンダリングCGの可能性を突き詰めたかった」と述べている。スクウェア・エニックスは2012年6月に「AGNI'S PHILOSOPHY - FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO」を公開しているが、「当時は(同社のゲームエンジンであるLuminous Studioの技術デモンストレーションとして)、社内技術を試すにすぎなかったが、今回は最先端技術を持つ3社の協力体制で生まれた結果をユーザーに表現したかった」という。

もちろん本デモンストレーションの成果が、普段から我々が楽しむPCゲームやコンソールゲームに反映するわけではなく、田畑氏も「短期的なビジネスは目指していない」と述べている。だが、「DirectX 12のポテンシャルを感じた」(岩田氏)という発言から、今回の成果が何らかの形で反映することに期待して良さそうだ。

阿久津良和(Cactus)