湘南ベルマーレのホーム初勝利の裏には、指揮官と選手たちの熱い絆があった

5試合目にしてホーム初勝利をあげた湘南ベルマーレ。惨敗とともにどん底に落とされた横浜F・マリノス戦から中3日。縦への推進力と球際の強さを取り戻し、サガン鳥栖から4得点を奪った快勝の舞台裏には、チームの一体感をさらに深めた指揮官の涙があった。

サガン戦前日のミーティングで流した涙

時間の経過とともに口調は熱さを増し、目にはうっすらと涙がにじんでいた。サガン戦を翌日に控えた4月28日。練習前に開催されたミーティングで、チョウ・キジェ監督はいきなり選手たちに頭を下げた。

前節で横浜F・マリノスに0対3の完敗を喫し、連敗は「3」に伸びていた。しかも、3試合すべてが無得点。マリノス戦後には敵地に駆けつけたサポーターから、今シーズンで初めてブーイングも浴びていた。

一体感を武器として戦ってきたベルマーレに何が起こっていたのか。チョウ監督は自らを「指揮官として失格だった」と振り返りながら、謝罪するに至った理由の一端を明かす。

「指導者として初めてやってはいけないことをしてしまったというか、選手たちに謝らなきゃいけないほどの失敗をしてしまった。詳しくは言えませんけれども、そのこともあって『本当にダメな監督だ』と自分を責める時間が、ここ2日くらいずっと続いていた」。

ベルマーレで初めてトップチームの監督に就いて4シーズン目。無我夢中で挑戦と失敗を繰り返し、選手たちとともに前進してきたなかで何度も笑い、怒り、涙を流し、そして自らの過ちを率直に打ち明けてきた。

「しょっちゅう謝ってきた監督ですけど、そのなかでも最上級ということです」。

逆手に取られた「湘南スタイル」へのテーマ

失敗とは何なのか。きっかけはFC東京に0対1、ガンバ大阪に0対2とともにホームで苦杯をなめた、マリノス戦前の2試合の内容にある。

縦パスを合図にして複数の選手が敵陣になだれこむなど、攻守両面において相手よりも人数をかけるサッカーを、チョウ監督と選手たちが育む「湘南スタイル」の戦術的な柱にすえてきた。

しかし、J1の上位に位置するチームは的確な対策を講じてくる。ベルマーレに体力がある前半は巧みにいなし、隙をついて先制点を奪い、あえて前がかりに攻めさせては逆にカウンターを仕掛ける。

ベルマーレ戦で先制ゴールを奪ったガンバの日本代表FW宇佐美貴史は、試合後にこう語っていた。

「湘南は人数をかけてショートカウンターを攻め込んでくるので、そこでボールを奪い返せばスペースがたくさんあるというスカウティングはできていた」。

相手よりも走る。球際の強さで上回る。原点の部分では十分に戦えていても、駆け引きの部分で後塵(こうじん)を拝しては意味がない。マリノス戦を前にして、チョウ監督はこんなテーマを投げかけた。

「相手が待ち構えているところへ、5人も6人も人数をかけて攻め込んでいくのは、勝ち点を奪っていくという上でどうなのか」。

自分を「許せない」と思うに至った理由

選手たちがチョウ監督に寄せる信頼は厚い。だからこそテーマを真正面から受け止め、思い悩んだ末に「どのように戦ったからいいのか」と袋小路に入りかけてしまった。

指揮官自身には選手たちの自立を促し、チームをさらに深化させたいという狙いがあった。2月に発表した初めての著書『指揮官の流儀 直球リーダー論』(角川学芸出版刊)では「自立への格闘」という項目を立てて、選手たちとの関係を親子に例えてこう言及している。

「まぎれもなく僕は子離れできない過保護な『ダメ親』だった」。

刻一刻と状況が変化し、タイムもかけられないサッカーでは、ピッチ上の選手たちのひらめきや判断が重要になる。今回も最低限のヒントを与えたつもりだったが、結果としてマリノス戦は「らしさ」がまったく感じられないワーストゲームとなった。

試合後には選手たちを激しく叱咤(しった)したチョウ監督だが、時間がたつごとにマリノス戦前に自らが発した「あの言葉」が、チームマネジメントを狂わせたと考えるに至ったのだろう。

「指揮官やリーダーと呼ばれる人間は、部下や仲間を前向きで明るい気持ちにさせることが前提となる。選手たちをそうさせられなかった言動をした自分を許せなかったし、この思いを伝えなければ試合に臨めないと思ったので」。

選手だけの話し合いで確認された指揮官への信頼感

失敗を恐れるあまりに縦への精神を忘れ、全員攻撃&全員守備や球際の強さなど、大事にしてきた「湘南スタイル」の原則をも失ってしまったマリノス戦を、選手たちも重く受け止めていた。

選手だけのミーティングを開催し、忌憚(きたん)なく意見をぶつけあった。音頭を取ったキャプテンのMF永木亮太が振り返る。

「まだまだ声が足りない、自分たちでもっと自立したほうがいいんじゃないかと。チョウさんに言われることだけじゃなくて、自分たちの判断や意識で動くことも絶対に必要になってくるので」。

最後は監督が手をさしのべてくれると、どこか甘えた部分があった自分たちがいたことを反省した。チームが目指してきた方向性は間違っていないと再認識した直後に、「涙のミーティング」があった。

「チョウさんからそういうことを言われるとは思ってもいなかったので、本当にびっくりしたというか。選手たちはマリノス戦が監督の責任だとは思っていなかったけど、そういう熱い監督にはみんなが感謝しているし、僕自身はすごく感動しました」。

チョウ監督と中学生時代からの付き合いがあるFW高山薫が笑顔を浮かべれば、高山とともに中学生時代に指導を受けた永木もこう続いた。

「チョウさんを勝たせたい、という気持ちが自分のなかでさらにわいてきました」。

必然に導かれたサガン戦でのホーム初勝利

いざ、サガン戦へ。ハードワークを身上とする難敵を打破するために。チョウ監督はミーティングの最後にこう訴えた。

「もう一度原点に帰ろう」。

いつもは積極果敢に攻め上がる3バックの左右、島村毅と遠藤航が自陣にとどまる展開が続いた。ロングボールを最前線のFW豊田陽平に当て、こぼれ球を拾って押し込むサガン得意の攻撃に対応するためだ。

だからといって、重心を低く保つばかりではない。2点をリードして迎えた後半31分。敵陣で獲得したFKをすぐに動かして短いパスをつなぎ、最後はMF菊地俊介のシュートのこぼれ球を攻め上がっていた島村が押し込んだ。

ベンチでガッツポーズを作ったチョウ監督は、感動で体を震わせていた。

「リードを奪っても3点目、4点目を選手たちが自ら狙っていった。自立した判断がピッチのなかで出たことが非常にうれしい」。

サガンの高さに対抗するために、今シーズン2度目の先発に指名された183cmの島村が言う。

「チョウさんにあんなに言ってもらえて、選手たちがもっと、もっと監督の熱さについていかないといけないと思った。僕自身も久々に使ってもらえて、期待に応えたいと」。

マリノス戦から4日。短い時間のなかでどん底からはい上がった軌跡が凝縮され、「押す」ばかりではなく状況によっては「引く」ことを選択する柔軟性を身につけはじめたからこそ、5試合目で手にしたホーム初白星は価値がある。

「僕も初心に帰ってもっと勉強して、指導者として大きくならないといけない。そういう気持ちにさせてくれた選手たちに感謝しているし、彼らを誇りに思う」。

まさに雨降って地固まる。もう迷わない。絆と一体感をさらに深めたベルマーレは前だけを見つめて、再び力強く走りだす。

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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。