覚醒した若きストライカーを誰も止められない。出場試合数を上回るハイペースで得点ランキングのトップを走るFW宇佐美貴史(ガンバ大阪)。念願の日の丸デビューを果たし、得点も決めたハリルジャパンで得た刺激と危機感が22歳の天才をさらに進化させる。
日本代表戦後の3試合で5ゴールを量産
初めて獲得した日本代表のキャップ。その4日後には、日本代表として初めてゴールも決めた。サッカー人生に残るアニバーサリーを2つも経験した男は、こうも変わるものなのか。
ヴァイッド・ハリルホジッチ新監督のもとで念願だった日の丸デビューを果たし、鮮やかな足跡を刻んだ宇佐美の「その後」を見ていると、こう思わずにはいられない。
4月3日から再開されたJ1戦線で、3試合で計5ゴールを量産。今シーズンの通算ゴール数も出場試合数をひとつ上回る「7」に伸ばし、得点ランキングのトップに立っている22歳に、昨シーズン途中から2トップを組むパトリックも「1試合ごとに成長している」と声を弾ませる。
「あくまでも僕の意見だけど、ヨーロッパのどこのチームに行っても間違いなく通用するよ」。
もっとも、ヒートアップする周囲とは対照的に、若きエースは憎たらしいほど冷静沈着だ。
「点は取れているけど、正直、好調だとは思っていない。好調だったら、もっと点を取っている。いつも一番前で試合に出させてもらっているなかで、結果を残すことはノルマ。自分としては、当たり前のことをやっているだけだと思っているので」。
ベルマーレ戦の先制ゴールに見る成長の跡
絶対的な自信に導かれるビッグマウスは、「ガンバの最高傑作」として注目されてきた10代の頃から変わらない。一方でプレースタイルは、宇佐美本人をして「新たな引き出しと幅を見せられている」と言わしめるほど、急ピッチで変化を遂げている。
湘南ベルマーレのホームに乗り込んだ同18日のJ1第6節。0対0の均衡を破った前半26分の一撃こそが、宇佐美の成長の証だった。
右タッチライン際でボールをもったMF遠藤保仁が、味方とのワンツーで中央へ侵入してくる。このとき、宇佐美はファーサイドからゴール前の密集地帯を磨り抜け、ニアサイドにポジションを移していた。
遠藤がクロスを上げる。空中戦で味方が競り勝つ。ならば、ゴール前のこぼれ球を狙おう――。宇佐美が瞬時に描いたビジョンは、DF丹羽大輝が頭で折り返し、ノーマークで走り込んできたDF米倉恒貴がダイレクトで右足を合わせた瞬間に現実のものとなる。
「絶対にボールがこぼれてくると思っていたので、オフサイドラインも意識しながら、虎視眈々とゴールを狙っていました」。
米倉の一撃をGK秋元陽太が必死に防ぐ。はね上がったボールに誰よりも早く反応して頭でとらえたのが、準備を整えていた宇佐美だった。
「オフ・ザ・ボール」の動きを追い求めた日々
ボールのないところでいかに巧みに動いて、ゴールに結びつけるか――。いわゆる「オフ・ザ・ボール」の動きの質を、開幕前のキャンプから追い求めてきた。
歴代の日本代表監督のもとで分析参謀役を担い、今シーズンからガンバに入閣した和田一郎コーチが、リオネル・メッシやネイマールらの「オフ・ザ・ボール」の動きを収めたDVDを編集。世界のスーパースターたちの地味に映る駆け引きを脳裏に焼き付け、練習から貪欲に意識改革に取り組んできた。
「『ボールを受けられなくてもいい、無駄走りに終わってもいいから動き出そう』という意識が確実に僕のなかに生まれてきている」。
ベルマーレ戦では宇佐美につられるようにMF永木亮太が追走。結果としてバイタルエリアに大きなスペースが生じ、そこを長い距離を走ってきた米倉が突いた。
「ゴール前へ飛び込むのはちょっと怖かったけど……得点王になるためには自分らしくないゴールをどれだけ増やせるかが大事だと思っているし、その意味では体ごと気持ちで押し込んだあのゴールに魅力を感じますね」。
ポストに激突しそうになり、最後は体をネットに絡ませた泥臭い一撃を、宇佐美は嬉しそうに振り返った。
岡崎慎司の一挙手一投足から受けた薫陶
日本代表として活動した9日間では、FW岡崎慎司(マインツ)に話を聞きまくった。
相手の背後を突くための駆け引き。味方を生かす無駄走り。前線からの労を惜しまない守備。岡崎が武器とするすべてが現時点で宇佐美に欠けている要素であり、アルベルト・ザッケローニ元監督のもとで出場機会を得られず、ハビエル・アギーレ前監督には招集すらされなかった理由でもあった。
「オカちゃん(岡崎)の言っていたことや実際に試合で見せた動きの質も含めて、いろいろなものが僕の刺激になっている。それらを試合で繰り返すことで、自分のなかに取り込めると思う」。
ハリルジャパンで、そしてガンバで宇佐美のプレーを後方から見守るボランチの今野泰幸は、「明らかに意識が変わってきている」と頼もしげな視線を送る。
「ボールホルダーへ寄せていく距離もそうだし、ボールを奪う回数も少しずつ増えている。攻撃力は本当にスーパーだし、アイディアが豊富で、ボールを扱う技術も一級品。僕自身は以前から、日本代表のエースにならなくてはいけない存在だと思ってきた。これで守備でも貢献することが多くなってくれば、100%の確率でそうなるんじゃないかな」。
不敗神話を支える飽くなきモチベーション
ウズベキスタン代表戦で決めたゴールが、宇佐美を加速的に成長させたのか。6人の代表監督から必要とされ、「87」ものキャップを獲得した今野は「それだけじゃない」と指摘する。
「『こういうプレーをしないと代表には生き残れない』と思ったんじゃないですか。『いま現在の自分に満足したらダメ、少しずつでもいいから成長していかなきゃ』と」。
岡崎もまた、進化させるための努力を絶対に怠らない。だからこそ、歴代3位となる43ゴールをあげて、エースストライカーの象徴である背番号「9」を5年以上にわたって守り抜いている。
未知の世界にもっと、もっと足を踏み込みたい。岡崎の姿勢を触媒としてより深まった日の丸への憧憬の思いが、宇佐美のモチベーションをかき立てる。「ボールを持てば誰にも負けない」と、いわゆる「オン・ザ・ボール」の動きに絶対の自信を抱いてきた天才はいま、日々変わっていく自分自身を楽しげに見つめている。
「もっと無駄走りが必要かなと思うし、そういう動きを繰り返していけば、2つ先、3つ先のプレーで僕にボールが入ったときに脅威になる。僕がゴールすれば長いこと負けていないので、自分の役割をまっとうすれば(得点ランキングの)下との差はどんどん開いていくし、チームもタイトルを獲得していると思う。1試合1ゴールのペースで取り続けたい」。
J2時代の2013年10月20日のカターレ富山戦から続く宇佐美の「不敗神話」は、ガンバにおける全公式戦、代表を含めて「29」試合にまで伸びている。
写真と本文は関係ありません
筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)
日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。