就職活動において、マッキンゼーやボストンコンサルティンググループをはじめとする戦略コンサルティングファームの人気は高い。コンサル志望の学生の多くはキャリア形成についての意識が高く、中には大学生活のかなり早い段階から対策をしている人も少なくない。ロジカルシンキングの本を読み漁って論理的思考力を養い、ケース面接の練習をするセミナーにも参加して地頭なるものを必死に鍛えようとする。

伊賀泰代『採用基準』(ダイヤモンド社/2012年11月/1500円+税)

そういえば僕も、学生時代に一度だけ「コンサル志望の学生のための就活セミナー」なるものに友人に誘われて参加したことがある。コンサルティングファームの内定者や現役のコンサルタントが登壇してケース面接やロジカルシンキングについての説明をしていたが、正直あまりピンと来なかった。たしかにロジカルシンキングの方法論やケース面接の例題などには興味が惹かれる部分もあったのだけど、こういったテクニックを磨くことと、マッキンゼーのようなコンサルティングファームが求める人材になることには大きな乖離があるように感じずにはいられなかった。

もちろん、論理的思考力が高いことは重要なことだし、ケース面接でよい受け答えができたほうがよいことも間違いないだろう。しかし、それがコンサルタントとして働くために求められるコアスキルなのかと問われると、必ずしもそうではないような気がしてくる。論理的思考力やケース面接の対策以上に大切なものが実はあるのではないだろうか。今回紹介する『採用基準』(伊賀泰代/ダイヤモンド社/2012年11月/1500円+税)は、まさにこのテーマを扱った本である。

マッキンゼーの採用マネージャーとして

本書の著者の伊賀泰代氏はマッキンゼーで採用マネージャーを12年に渡って務めたというキャリアの持ち主だ。伊賀氏はマッキンゼーに入社して5年間現場でコンサルタントとして働いた後に、自分の関心がコンサルティングよりも「マッキンゼーの人材育成の仕組み」にあることに気づく。普通はマッキンゼーで5年ぐらい働くとあとはパートナーを目指すか、辞めて独立するかのどちらかの道を選ぶことになるのだが、伊賀氏はそのどちらも選ばず、自ら「人材関連のポジション」の必要性を問いてそのポジションを設計・設置しマッキンゼーの採用マネージャーになってしまう。

このエピソードから、僕は伊賀氏の人材育成への強い情熱と、キャリア形成についての卓越した能力を感じずにはいられなかった。そういう意味では、本書の内容はどこの誰が書いたのかもよくわからないような業界研究本よりも遥かに信頼性が高く、参考になるものだと言える。マッキンゼーに入ることを考えていなくても、キャリア形成について少しでも悩んだことがある人であれば、読んで損はない本だと言えるだろう。

「リーダーシップ」こそがもっとも必要なもの

マッキンゼーが採用したい人材を一言で表現すると「将来、グローバルリーダーとして活躍できる人」ということになる。実はこれと同じようなことがマッキンゼーの採用サイトにも書いてあり、これが公式見解であることは間違いない。コンサルタントと言えば問題解決のプロフェッショナルだから問題解決スキルこそがもっとも求められると思いきや、それ以上にマッキンゼーは「リーダーシップ」を重視しているのである。

実際に何らかの問題解決を行うためには、「これが答えです」と言って解決策の書いてある紙を提出するだけでは足りない。実際に組織に入っていき、関係各所と調整をしながら日常業務として機能する仕組みまで構築してはじめて「問題解決に一役買った」と言える状態になる。そのためには、単に答えを出すだけではなく問題が実際に解決されるよう関係者を巻き込んでいく力がなくてはならない。つまり、真の問題解決のためにはリーダーシップが不可欠なのである。

マッキンゼーでは、「問題解決スキル」という言葉と並んで「問題解決リーダーシップ」という言葉もよく使われるらしい。前者はおなじみのMECEやロジックツリーといったコンサルの定番ツールのことだが、これらが使いこなせるだけでは価値は出ていない。問題解決リーダーシップを発揮し、真の意味での問題解決を達成してはじめて価値を創出したと言えるだろう。マッキンゼーが人材にリーダーシップを求める背景には、こういう考えがあるのだ。

日本社会が求めている人材を目指す

日本社会は現在、至るところでリーダーシップ不足が発生している。「グローバル人材」という言葉が使われはじめて久しいが、日本で本当に不足しているのはグローバル人材ではなく「優秀なリーダー」だ。このことを自覚しリーダー育成の仕組みを社会に組み込まないと日本社会は閉塞感から抜け出すことはない、と本書で著者は警鐘を鳴らしている。

本書のタイトルでもある「採用基準」はマッキンゼーの採用基準であると同時に、実は日本社会が求めている人材の採用基準でもある。これからキャリアを形成していく人たちは、日本社会に求められる人材がどんな人材なのか知るためにも、ぜひ本書を読んでみてほしい。小手先の情報ではなく、キャリア形成についての基本的な考え方が手に入れられるはずだ。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。