4月17日、東京・代官山に食の新たなトレンドスポットが誕生する。その名も「SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」(以下、SVB東京)。キリンビールがこの春立ち上げたクラフトビールの新ブランド「SPRING VALLEY BREWERY」を店頭で味わうことができる直営店で、3月25日にオープンした「SVB横浜」に次いで2店舗目となる。都内で新ブランドのビールを味わうことのできる唯一の店舗だ。
「SPRING VALLEY BREWERY」は、1864年(文久4年・元治元年)に来日したビール技師・ウィリアム・コープランドが横浜に日本で初めて開設したビール醸造所。コープランドは、ビールの製造のみならず、自宅の庭を開放し、日本で最初のビアガーデンを開設し、日本にビール文化の歴史の礎を築いていった人物で、その土地を引き継いだのがキリンビールの前身であるジャパンブルワリーなのだ。
ビールをもう一度復興させたい
クラフトビールの新ブランド「SPRING VALLEY BREWERY」は、日本のビール産業の祖である「SPRING VALLEY BREWERY」のパイオニア精神が、世紀を超えて新たに新ブランドとして復活したかたちとなる。しかも、キリンビールは新ブランドのために「スプリングバレーブルワリー株式会社」という新会社を立ち上げるほどの力の入れよう。その理由をキリン・CSV本部デジタルマーケティング室の丹羽靖彦氏は次のように語る。
「昨今、日本国内においてビール離れが進んでいます。特に若い人はビールだけではなく、アルコールそのものもあまり飲まなくなっている。1994年をピークにビール市場全体でだいたい20%ぐらい消費量が落ちているんです」
一方で、日本におけるグルメシーンでは近年、クラフトビールの人気が高まっている。クラフトビールとは、特定地域で限定量生産する小規模ビール会社による地域ブランドのビールで、いわゆる“地ビール”のこと。1994年4月の酒税法改正により、ビールの最低製造数量基準が2000klから60klに緩和されたことを受け、全国各地に広がった。しかし、今回のキリンビールの新ブランドの立ち上げは、そうしたブームに乗るというよりも、“ビールをもう一度復興させたい”という、日本にビール文化を根付かせる基礎を築いたメーカーとしての思いが強いようだ。
「ビールは大手メーカーによって効率のよく量産化できるようになり、価格も手頃になったことで、消費者の間に浸透させることには成功しましたが、どうしても工業的になりすぎてしまい、ビール本来のよさや個性が失われてしまった感も否めません。今一度ビールを進化させて再興させていきたいという想いから生まれたのが今回の新ブランドなんです」とスプリングバレーブルワリーのマーケティングマネージャー・三浦太浩氏は語る。
醸造所を併設する体験型ブルワリーパブ「SVB東京」
こうした強い目的意識のもとに誕生した新ブランドを直接味わうことができるお店としてオープンしたのが、横浜と代官山の2店舗。どちらもビールと食事が楽しめる単なる飲食店ではなく、ワークショップやテイスティングセミナーなども開催し、ビールを“学ぶ”ことができる“体験型ブルワリーパブ”だ。“日本のビール産業発祥の地”である横浜はミニミュージアムを併設し、代官山は新しい時代に向けたビールをつくる醸造所を併設する。
実際に店内を訪れてみたところ、まず飛び込んでくるのがいくつも並んだ、天井いっぱいまでの高さのタンクだ。さらに、透明の仕込みの釜なども見ることができ、レストランのなかに醸造所というよりは、むしろ醸造所の中にあるレストランといったほうが良いかもしれない。「一般に、工業製品というと企業秘密の部分も多くて中身が“ブラックボックス”な場合が多いと思います。ですが、我々はつくっているビールのスペックをすべて開示しています。ものをつくり上げるところを見せて、味だけでなくビールの奥深さを理解して、体験してほしいんです。そういう意味では、ビールの歴史を語るメモリアルな場である横浜のお店に対して、代官山はビールを今後どうしていきたいかということも含め、未来志向型の発信基地のようなところにしたいと思っています。立地的にもちょうど流行に敏感な若者が集う場所ですから」と三浦氏。
また、他にはないユニークな試みとして導入されているのが“ビアインフューザー”だ。ホップやハーブ、フルーツなどの自然素材にビールを通液させることで、香りや風味を加えて、ビールをカスタマイズすることができる機器だ。“ランドール”という類似の機器はあるが、1杯ごとにホップを入れ替えることができるものをSVB向けに独自に開発したとのことだ。
ホップやハーブ、フルーツなどを好みに応じて加えてオリジナルのビールをつくることができる“ビアインフューザー” |
ビアインフューザーでのカスタマイズ。現時点では、SVBを代表するスタンダードビール「496」に“Galaxy”というホップを加えるオーダーができる。実際に飲んで見たところ、オリジナルよりも切れ味がよく、爽快感のあるスッキリした味わいと感じた |
開店当初は、6種類のビールを通年アイテムとして提供する。それぞれの商品は、昨年夏からプロトタイプを開発し、キリンの通販サイト「DRINX」(ドリンクス)を通じて会員向けに販売し、購入者からダイレクトに寄せられた意見をもとにブラッシュアップして生まれたものだ。三浦氏は「今まではどうしてもお客様のご意見は間接的にしか聞くことができませんでしたが、お客様の生の声に触れられると言うのは本当によかったです。もっといいものをつくれるんだという作り手の側の士気も高まりました」と振り返る。今後も当初から展開される商品を定番として揃え、期間限定商品なども順次提供していく意向だ。
ビールとの相性を追求した料理
同店でもうひとつ大切にされているのが、“フードペアリング”だ。ビアレストランとはいえ、提供されるメニューは単なる"脇役"ではなく、食卓の彩りも含めた料理とビールの相性を追求しているとのこと。確かに盛り付けやテーブルコーディネートなど随所に気が配られていることに気付く。
そして、メニューの豊富さも目を引くところ。前菜から、ビールのおつまみの定番“シャルキュトリ”(ソーセージ、ハム、パテ、テリーヌなどの食肉加工品の総称)、燻製料理、グリル料理、ピザやリゾットなど、どれにしようか迷ってしまう。ほとんどの料理に相性のよいビールの種類がアイコン表示されているので、飲みたいビールの種類からお料理を選んだり、料理からビールの種類を選んだりできるところも嬉しい。そうしたナビゲートと直感を頼りにオーダーを決めていくのも楽しみ方のひとつだろう。また、全種類のビールを少しずつお試しできるテイスティングメニューやコースも用意されている。初めての来店のときや、注文に悩んだときにはオススメしたい。
初めての際にまずはオーダーしたい“テイスティングフライト”。それぞれのスペック表が書かれた紙の上に置かれ、全種類のビールと、それぞれに合わせたひと口おつまみがセットになっていて、飲み比べをするのに最適だ |
筆者が1杯目にオーダーした「on the cloud」。白ワインを彷彿させる、濁りが少ないフルーティーで爽やかな上面発酵のビール。軽い口当たりなので食前酒的に飲みやすい |
ちなみに、無類のビール好きな筆者が中でも感動したのは、実はデザートだ。デザートと言えば、食後にコーヒーや紅茶と一緒にというのが定番だが、デザートにまでもビールとのペアリングが意識されているのだ。今回、試してみたのが“SVB特製焼きチョコレートケーキ”だが、オススメの“Afterdark”という黒ビール系商品との相性のよさに思わず小躍りしてしまった。「ビールってスイーツともこんなに合うんだ!」と開眼し、ビールを飲む機会がますます増えそうだ。ちなみに、チョコレートケーキには、大粒の粗塩が振ってあり、甘さと塩味、ビールの苦みが絶妙に合わさったハーモニーは、これまで味わったことのない美味しさだった。
現在、「SPRING VALLEY BREWERY」を店舗で飲むことができるのはSVB横浜とSVB東京のみ。しかし、遠方に住んでいてすぐには店舗を訪れることができない人や、自宅で味わってみたいという人は、キリンの通販サイト「DRINX」でも購入が可能だ。日本のビールの歴史と共に歩んできたキリンが挑戦する、新たな時代に向けたビールをぜひ味わってみてほしい。