空の移動をスポーツに見立てた陸上トラック
こうした「制約」の結果で生まれたのが、同ターミナルの大きな特徴である、陸上トラックを模した動線のデザインだ。実際に陸上競技でも使われているゴムチップ製の床材を採用し、ブルーで出発、赤茶で到着を表示。導線を明確にすることで、電光掲示板の案内を最小限にし、コスト削減にも成功している。
――なぜ、陸上トラックになったのでしょうか?
伊藤さん:
学生時代に陸上部だったことや、仕事でスポーツブランドとの関わりが多かったこともあり、「走る瞬間のポジティブな感覚」を表現できたら面白いな、と思ったのが提案のきっかけです。3年前に実施した最初の企画からずっと、この提案は続けてきました。
今回の設計コンセプトは「more than 2 into 1―ふたつ以上の機能をひとつのものに集約するという経済合理性―」でした。要はニコイチというやつですね(笑)予算が限られていますから、サインにサイン"だけ"の仕事をさせていたらとても追いつかない。それに加えて、トラックを歩いていたら搭乗口についた、みたいな体験が生み出せたら面白いだろうなと思ったんです。
空港の動線というのは、実はとてもシンプルです。誰もが電車やバスで入口から入り、検査をうけたら搭乗口に向かう。だからこそ、トラックにできたというのもあると思います。それに、空港の移動というのは、かなり負荷がかかるものです。荷物は重いし、とくにLCCは(搭乗に至るまで)結構歩く必要があるんですよね。それを軽減するために、他のターミナルには動く歩道が置かれていますが、第3ターミナルでは十分な数を配備することが難しかった。そこで、移動をもっと前向きにとらえてもらえたらいいなと思い、このようなデザインにしました。
確かに、第3ターミナルへ向かうためには徒歩で第2ターミナルから向かうか、第2と第3ターミナル間を結ぶシャトルバスで移動することになる。動く歩道の設置はなく、第2ターミナルからはおよそ500メートルの距離(徒歩目安12分)がある。それをいかに機能的かつ、楽しめる環境として存在させるが大きなポイントだったそうだ。
「ハコ作り」から参加したからできるデザイン
――トラックをはじめ、カラーリングや素材選びについて教えてください。
伊藤さん:
ターミナルに採用したトラックの色は、陸上競技で使われている公式カラーと同じものです。空に向かうイメージの青で「出発」を、アースカラーの赤茶で「到着」を表現しました。ゴムチップ製のトラックは足への負担も少なく、長時間歩いても疲れにくいという特性もあります。
トラックの青はとても鮮やかな色なので、他の部分は極力を色を入れず、モノクロとしました。欧文フォントはNeue Frutigerを採用しています。先ほども触れたことですが、建築の段階から景観をデザインできたのは本当に良かったですね。 ターポリンの案内板もそうですが、成田空港さんからは掃除のしやすさとか、耐久性、万が一のテロ対策など機能的なところにオーダーが入ることが多かったので、ひとつひとつ検証して解決していくという作業が必要でした。
ピクトグラムに関していうと第1、第2ターミナルのそれと変えてしまうと合一性が取れないということで、形は基本同じです。ただ、陸上のスタイルで三角だけの矢印で行き先を案内したりするなど、今までなかった工夫をしています。
フードコートは国内空港では最大規模の約450席を設置。寿司やそば、うどん、お好み焼き、ハンバーガーなどの店舗がある。LCCの運行形態に対応し、4時から21時まで(カフェは22時まで)営業する7店舗を用意。ここで使われている家具は、「無印良品」のアドバイザリーボードを務めるプロダクトデザイナー・深澤直人氏が監修した |
伊藤さん:
また、全体のデザインに関しても「デザインをしないデザイン」を念頭に置いていたので本来建造物として必要な要素は工場や倉庫、スタジアムなど空港ではないものを研究して着想していきました。天井の配管は工場のイメージ、動線という観点ではIKEAもとても参考になりましたね。待ち時間の長いLCCならでの工夫もあって、色分けしたソファベンチを空港オリジナルで作ったりもしています。
――最後に、今回手がけた第3旅客ターミナルへの想いをお聞かせください。
伊藤さん:
安く旅をする、ということを徹底的に楽しめる人たちに使ってほしいと思います。経済合理性がデザイン合理性にもつながっていく。それは空港自体のデザインもそうですし、フードコートのデザインやお店選びにもこだわっていて、日本ならではの安くて美味しいものがそろっています。
国内線もあるので、2020年東京オリンピックの見据えてバックパッカーなど、海外旅行者にも楽しんでもらえたら嬉しいですね。成田は羽田と比べると、立地的にも相当な逆境にあると思っています。ですが、第3ターミナルを利用してもらえれば、LCCでも出発の高揚感や到着の安堵感を味わえるようにデザインしたつもりです。このターミナルから、成田に対するこれまでの固定観念を打ち破れたら楽しいと思います。