カシオ計算機が提供するiOS向け自動作曲アプリ「Chordana Composer」(コーダナ コンポーザー)が人気だ。App Storeの「ミュージックカテゴリ」における有料アプリランキング(日本)で1位を獲得するなど、今年1月の発売以来、幅広いユーザー層から高い評価を得ている。そこで今回、マイナビニュースではChordana Composerの開発者に話を聞く機会を得た。本稿で紹介しよう。

Chordana Composerを開発した、コンシューマ事業部の南高純一氏

Chordana Composerは、思いついた2小節~8小節のメロディーをもとに、一曲まるごと自動作曲してくれるiOS向けアプリ。同アプリを使えば、作曲の知識や楽器経験がなくても自分だけのオリジナル曲を簡単に創作できる。オリジナリティに優れた本アプリは、どのような経緯で開発されたものなのだろうか。Chordana Composerを開発したコンシューマ事業部の南高純一氏に話を聞いた。

思いついた2小節~8小説のメロディーをもとに、一曲まるごと自動作曲してくれるiOS向けアプリ、Chordana Composer。通常価格は600円(税込)。※価格は2015年4月3日時点のもの。App Storeにより、予告なく変更となる場合がある

―― どういった経緯で開発されたのでしょうか?

話は25年ほど前までさかのぼります。当時はカシオ計算機が楽器事業を始めて間もない頃で、電子楽器の音を良くしよう、新しいことを始めようというチャレンジ精神にあふれていました。音を良くすると同時に、電子楽器の新しい使い方を提案していこう、という気運があったのです。ちょうどその頃、世の中では”人工知能”が話題を集めていました。そこで、人工知能という方向性で、何か新しいことができないか。簡単なきっかけを与えたら曲ができあがるような、そんなものが作れないかと何人かで話していました。それが大元になっています。ただ社外発表などもしましたが、商品として提案するまでには至りませんでした。話題性はあったけれど、完成度に問題が残っていたんです。

―― 研究論文も発表されたとお聞きました。

はい、情報処理学会の全国大会に提出しました。論文は商品化を前提としたものではなく、純粋にポピュラーミュージックを自動作曲することを目指したものです。その頃、欧米でも新しいアプローチで作曲を行う試みがありました。それは乱数を使って前衛的な曲を作れないか、といったものだったと記憶しています。

一般社団法人 情報処理学会の全国大会に提出し、高い評価を得た南高氏の発表論文の一部

―― 当時のアイデアは、時代を先取りしすぎていたと言えそうですね。

そうですね。当時のハードウェアとインフラでは、どの程度の計算量で、どの程度のクオリティのものができるかも不明でした。なので、自動作曲の試みは25年間、自分の中で”封印”したんです。ですが、この25年間でハードウェアもインフラも様変わりしました。シンセサイザーが登場し、電子楽器の音色がPCM音源になり、鍵盤演奏強度に自然な音色変化をするタッチレスポンスに対応しました。インターネット全盛の時代が訪れ、ポータビリティ、取り扱いに優れたスマートフォン、タブレット端末が登場しました。

―― 自動作曲アプリに再挑戦できる土壌が整ったわけですね。

はい。2013年にChordana Tap(コーダナ タップ)、Chordana Viewer(コーダナ ビュワー)をリリースして開発が一段落した際に、今後の話として、ほかの開発メンバーから作曲アプリの話が出ました。そこで昔やっていたものをもう一度やってみよう、と思い立ったわけです。

楽曲のコードを解析することで擬似演奏が体験できるChordana Tap(写真左)、コード進行を検出してコード譜を作成できるChordana Viewer(写真右)。ともに2013年にリリースされた

―― 開発に苦労した点などを聞かせてください。

どこまで機能を盛り込めば良いのか苦慮しました。曲ができ上がるにつれて、ユーザーさんもできた曲に感情移入してくるはず。だとすると、音色やテンポなどを修正したいという欲も出てくる。そこで、作曲した後でもジャンル変更できるなどの柔軟性を持たせるように工夫しました。

高機能だが初心者にも扱える分かりやすいUIも、Chordana Composerの特長のひとつだ

――利用者の反応はどうですか?

App Storeにおけるレビューや、Twitterにおける意見などは海外のものも含め全て確認して真剣に受け止めています。いまMIDIファイルのエクスポートへの要望を多くいただいています。マイク入力がうまく入らないというご意見もありました。今後できる限り対応していきたいと思っています。ご意見やご感想から、どういう方がどんな風にアプリを使おうとしているかを想像しています。最近では、比較的ご年配と思われる方からのお問い合わせもいただきました。非常に嬉しく思います。

――どのような人に使ってほしいですか?

楽器はやらないけど音楽は好き、という方の中で、潜在的に作曲願望をお持ちの方もいらっしゃると思います。そういった方に試していただきたいです。一方すでに楽器をやられている方、作曲に取り組んでおられる方にも使っていただいて、厳しい意見を頂戴したい。どちらの方にも使っていただければ幸いです。

―― 南高さんのお気に入りの使い方はありますか?

単純なモチーフでも、偶然良い曲ができることがあります。モチーフを2小節入れるのさえ難しいときは、ドシラソファミレドでも良いんです。深く考え過ぎず、まずは試してみるというのもひとつのやり方だと思います。ドー、ドドー、ドラー、ドーという2音しか使っていないようなメロディーでも、良い曲ができ上がることがあります。

慣れてきたら、モチーフに小節をまたぐ長音符(2分音符など)を使ってみてください。すると動きのあるメロディーになります。シンコペーションなどを取り入れてリズムを工夫することで、メロディーが雄弁になります。あとは、曲が気に入ったらタイトルをつけてください。それによって曲のイメージがさらに膨らみます。愛着も沸くでしょう。音色も選べるので、そのあたりにもこだわっていただければと思います。

―― 個人的な趣味でお聞きします。南高さんの音楽的な嗜好を教えて下さい

以前、「あなたの人生を変えた1曲は」と聞かれたとき、ビートルズのLet it beと答えました。ラジオで聞いた瞬間にハッと思い、それから世界が変わりました。アーティストとしては、ジョン・レノンが好きです。音楽には、何回か聞いて初めて良いなと思うものと、聞いた瞬間に魂に響くものと2種類あります。ジョン・レノンの場合は後者で、瞬間的に心が虜になってしまうんですよね。

ビートルズの解散時、私は中学生で、それまでは歌謡曲なども好んで聞いていました。小5の時に買ってもらったギターを練習しつつ、タイガースなど流行りのグループサウンズを聞く少年でした。いまではギターでビートルズのカバーをしたり、ジャズピアノに挑戦したりしています。でも根っこの部分ではクラシック音楽が好きで、最近は演歌も良いな、と思っています。仕事で疲れているときなんか、演歌が良いんですよ。

インタビューのために訪れた、カシオ計算機 羽村技術センター(東京都羽村市)。電子楽器の研究開発もここで行われている

―― 今後の展開などをお聞かせてください

できた曲を個人が拡散できる要素を加えていけたらと思っています。現バージョンでも、できたオーディオファイルをメールで送信することは可能ですが、曲のシェアという側面をさらに活発化させていきたいです。例えば、作曲したものを楽器ができる人に弾いてもらいたい、という需要があるかも知れない。その逆もあり得ます。作曲したい人、演奏したい人が別々に存在するのではなく、相互が影響しあえるようなものにしていけたら理想的ですね。

アプリの拡散方法はまだ模索中です。SNSが良いのか、動画サイトが良いのか。現在、Chordana Composerで作曲した楽曲をYouTubeにアップロードしていただいている方もいらっしゃいます。単発で終わらない、楽しみが持続するような環境を整えていけたら良いなと思っているところです。

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ユニークでオリジナリティにあふれる自動作曲アプリChordana Composerを世に送り出した南高純一氏。インタビューを通じて、同氏の音楽にかける情熱がこちらにも伝わってきた次第だ。印象的だったのは、音楽のジャンルに垣根をもうけず、クラシックもロックも歌謡曲もジャズも演歌でさえも好んで聞くという話。その柔軟性と視野の広さが、アプリ開発にも存分に活かされているのではないだろうか。

最近ではジャズピアノの即興演奏に熱心だという南高氏。演奏中に"アボイドノート"と呼ばれる、ほかの音と一緒に弾いてはいけない音を弾いてしまうことがあるという。「仲間からはアボイドを恐れちゃいけない、とアドバイスされます。プログラムの世界では、バグを恐れてはいけないというのが私の持論。バグは期限内に直せば良い。バグを恐れてチャレンジを避けると、こじんまりとしたものしか作れないからです。ジャズピアノではアボイドを恐れてはいけない。同じですね」と笑いながら話していた。