フィギュアスケート世界選手権の男子フリーが3月28日、中国・上海にて行われた。日本の絶対エース・羽生結弦選手はトータル271.08で2位となり、日本人初となる同大会連覇を逃した。
転倒後に見せたソチ王者のプライド
日本人初の快挙とはならなかった。ただ、連覇達成がついえた瞬間、ソチ五輪王者は笑顔でライバルの健闘をたたえ、祝福した。
冒頭から、羽生選手らしからぬミスが続いた。最初のジャンプでは、予定していた4回転サルコウが2回転にとどまった。続いて、得意としているはずの4回転トゥーループでも転倒。4回転はいずれのジャンプも決まらなかった。
しかし、ここからソチ五輪王者としての矜持(きょうじ)を見せる。基礎点が1.1倍になる後半、最初の3回転ルッツ-2回転トゥーループを鮮やかに決めると、続くトリプルアクセル-3回転トゥーループも成功。さらにトリプルアクセル-1回転ループ-3回転サルコウの3連続もきれいに跳んでみせた。
参加選手の中では唯一となる、2度のトリプルアクセルのジャンプコンビネーションを体力の落ちるプログラム後半に組み込んだ。その上、GOE(出来栄え点)でも1.57、1.29といずれも加点をゲット。残る2本の3回転もきっちりとまとめ、トータル175.88でフリーを終えた。
グランプリファイナルとの決定的な差
金メダルを獲得した今シーズンのグランプリファイナルでも、フリーの冒頭に4回転サルコウ(基礎点10.50)と4回転トゥーループ(基礎点10.30)を跳んでいる。このときは共に成功させ、さらにGOEでもそれぞれ2.43、2.71という高い加点を得ている。すなわち、この2つのジャンプで約26点を稼いでいた計算になる。結果、フリーでは194.08というパーソナルベストをたたきだした。
しかし今大会では、4回転サルコウが2回転サルコウ(基礎点1.30)になったこともあり、冒頭のこの2種類のジャンプで得られた点数は、GOEを含めても10点に満たなかった。その結果、わずか2.82点差で金メダルを逃してしまった。
昨年末の全日本選手権後に「尿膜管遺残症」であることが判明。腹部の手術を受けて練習を再開するも、1月末には右足首をねんざするというアクシデントに見舞われた。決して体調が万全ではない中でもしっかりと「戦える体」に仕上げ、前日のショートプログラム(SP)ではシーズンベストの95.20をマーク。表彰台の頂点に最も近い位置でフリーに臨んだが、結果は2位となってしまった。
冒頭の2種の4回転をミスしてしまった理由
羽生選手が優勝するには何が足りなかったのだろうか。四大陸選手権4位などの成績を収め、現在は関西大学を拠点にコーチとして活動する元フィギュアスケート選手の澤田亜紀さんは、やや「冷静さ」が足りなかったのではないかと分析する。
「SP、フリー共に4回転トゥーループの着氷に失敗してしまいました。SPでは、直前まで念入りにトゥーループに入るイメージをしていたので、羽生選手の中では、少し不安要素があったのかもしれません。またフリーでは、1つ目の要素をパンク(予定の回転数を回りきれなかったこと)してしまったため、2つ目の要素であるトゥーループには、少し焦りが出てしまったのではないかと思います。これまでの羽生選手は、失敗をする際でも予定の回転数を回りきってからの失敗が多かったです。この場合だと、回った分の点数が入ってからの減点(GOEでマイナス評価)になりますが、パンクをしてしまうと、予定よりも低い点数しか入らないということになります」。
ジャンプを武器としている羽生選手には珍しい形でのミス。そこへ、今シーズンからの新ルールが"追い打ち"となったのではないかと澤田さんは見ている。
「今シーズンより、ダブルジャンプの上限回数がルールで決められています。パンクをすることによって、演技で予定しているジャンプの構成を変えなければいけないという可能性も出てきます。演技をしながらでの判断となるので、いかに集中を切らさずに冷静に判断できるかというところが、カギになります」。
普段の試合ではあまり起こりえないミスが、小さなほころびとなって焦りを誘発し、傷口を広げてしまった―というわけだ。
短期間での世界選手権の銀は羽生選手だからこそ
それでも、澤田さんは短い練習期間で世界選手権銀メダルという結果を出した羽生選手を称(たた)える。
「ジャンプの基礎点が1.1倍となるフリー後半では、難しい組み合わせのジャンプコンビネーションなど、3つのジャンプコンビンネーションをきちんと成功させ、高得点を獲得していました。手術やケガなどで練習時間が思うように取れなかったと思いますが、オフシーズンに羽生選手が積み上げてきたものがあるからこそ、短期間の練習でも高い水準での演技ができたのではないかと思います」。
同門2人のライバル物語に期待
羽生選手に代わって優勝したのは、同じブライアン・オーサーコーチに師事するハビエル・フェルナンデス選手(スペイン)。ラテンの貴公子はSP同様、美しいジャンプと情感たっぷりのステップなどで会場のファンを魅了。フリーでは一度の転倒ミスはあったものの、それ以外はほぼ完璧な演技を見せ、トータル273.90をマーク。悲願の世界選手権初優勝を果たした。
暫定1位でフェルナンデス選手の演技を見守った羽生選手。フェルナンデス選手のスコアを確認した瞬間に、3歳上の"兄弟子"に笑顔で惜しみない拍手を送った。自身が4回転をミスし、銀メダルに甘んじたことに「正直、悔しい」ともらしたのは偽らざる本音だっただろう。それでも、ハビエル選手のトップをわがことのように喜んでみせた姿が、羽生選手が皆から愛されている理由の一つと言える。
これからも、この同門2人による新たなライバル物語が繰り広げられていくだろう。そして、多くのドラマも生まれるはずだ。その過程で、羽生選手が今まで以上に強く"進化"していくことをファンもきっと望んでいるに違いない。
取材協力: 澤田亜紀(さわだ あき)
1988年10月7日、大阪府大阪市生まれ。関西大学文学部卒業。5歳でスケートを始め、ジュニアGP大会では、優勝1回を含め、6度表彰台に立った。また2004年の全日本選手権4位、2007年の四大陸選手権4位という成績を残している。2011年に現役を引退し、現在は母校・関西大学を拠点に、コーチとして活動している。