湘南ベルマーレが創り出した18秒間にスタンドはわいた

2年ぶりに臨むJ1の舞台。待ち焦がれた浦和レッズとの開幕戦で湘南ベルマーレは1対3と一敗地にまみれた。それでも、前半24分には十八番でもある人数をかけた怒涛(どとう)のカウンター攻撃を披露。レッズを慌てさせた伝家の宝刀をさらに磨き、J1の荒波に挑んでいく。

カウンターの発動とともに一変したスタンド

わずか18秒という時間のなかに、ベルマーレが追い求めるサッカーが凝縮されていた。レッズのキャプテン、MF阿部勇樹がゴール前へ送ったヘディングによるパスをベルマーレの新外国人、DFアンドレ・バイアがはね返す。このとき、時計の針は23分24秒を指していた。

ふわりと浮いたセカンドボールを、自陣深くまで戻ってきたFW大槻周平がレッズのDF槙野智章と争いながら後方へ落とす。ボールを受けたU-22日本代表のDF遠藤航が、ドリブルで果敢に前へ進む。このプレーがあうんの呼吸で、カウンター攻撃のスイッチを入れた。

すかさず遠藤が出した縦パスを、センターサークルまで下がってきたFW大竹洋平が落とす。遠藤と並走するように走り込んできたFW高山薫が受けて、左サイドへ向けてドリブルを開始する。このあたりから、スタンドを埋めたベルマーレのサポーターの多くが立ち上がり、声をあげ始める。

「よっしゃーっ! いけぇ! 」。

浦和レッズの守備陣を翻弄した決定的シーン

ベルマーレから見た左サイド、レッズにとっての右サイドには、DF森脇良太がオーバーラップしていたことで大きなスペースが生じていた。そこへ左MFの菊池大介、3バックの左を務める三竿雄斗の2人が全速力で駆け上がっていく。

高山からパスを受けた菊池がドリブルで敵陣に迫り、その左側を三竿が大きな弧を描きながら追い抜いていく。戻りが遅いレッズの選手たちに対して、ベルマーレはカウンターの起点となった遠藤と大槻、大竹の3人が相手のゴール前へ向けてグングン加速していく。

菊池からパスを受けた三竿が左サイドをえぐり、利き足の左足でマイナス気味のクロスを送る。ニアサイドに遠藤、ファーサイドに大竹が走り込み、マークをひきつけたなかでど真ん中にフリーで詰めてきた大槻が得意の左足を振り抜く。このとき、日本代表GK西川周作は大きく体勢を崩していた。

「やったぁ! 先制点だ! 」。

膨らみかけた期待は次の瞬間、タメ息へと変わった。

敵陣に6人も攻め込む疾風怒涛のカウンター攻撃

とっさの反応だったのか、あるいは偶然だったのか。大槻が放った一撃は体を投げ出した槙野の腹部に命中して、コーナーキックとなった。時計の針は23分42秒を指していた。ゴールこそ割れなかったが、疾風怒涛(どとう)のカウンター攻撃の起点となった遠藤が胸を張る。

「あの攻撃は自分たちの良さでもあり、J1相手でも通用する。これからも変えるつもりはないし、ああいう場面で決め切れるチームになっていきたいと思う」。

80m近い距離をスプリントしてきた遠藤と大槻を含めて、シュートが放たれた瞬間にペナルティーエリア内にはベルマーレの選手が6人もいた。レッズも同じ人数がいたが、MF平川忠亮は三竿のマークにつき、阿部と森脇、青木拓矢は完全に戻り切れていなかった。

決定力という課題は残った。それでも、2012年シーズンから指揮を執るチョウ・キジェ監督のもとでベルマーレが標榜してきた「湘南スタイル」が、J1でも屈指の強豪であるレッズを顔面蒼白(そうはく)にさせたシーンだった。

チョウ監督が思い描く「湘南スタイル」の定義

相手に考える時間を与えない狙いを込めて、今シーズンからは「ノータイムフットボール」という副題もつけられた「湘南スタイル」は、何もピッチ上のプレーだけに集約されるものではない。

チョウ監督は2月に発表した初めての著書『指揮官の流儀 直球リーダー論』(角川学芸出版刊)のなかで「湘南スタイル」をこう定義している。

「スタンドとピッチが同じ気持ちを共有しながら、スタジアム全体に『これがベルマーレのサッカーなんだ』と胸を張れる空間をつくりだすこと」。

自陣で大槻が遠藤へ落としたパスから、その大槻が駆け上がってシュートを放つまでに要したパスはわずか6本。カウンターから6人が敵陣へ攻めこみ、そのうち最終ラインの選手が2人を占める――。サッカーの常識を覆すようなシーンを作り出し、サポーターたちと痛快無比でスリリングな時間を共有できるチームは、J1のなかでもベルマーレだけといってもいい。

黒星発進のなかで「絶対」を貫いた意義

試合はレッズが3対1で制した。先制したのはベルマーレだったが、前半のうちにセットプレーで同点に追いつく。前線の選手の顔ぶれと配置を変えた後半は時間の経過とともに敵陣で数多くの起点を作り出してベルマーレを間延びさせ、30分、32分の連続ゴールを生み出した。

今シーズンの日程が決まる前からレッズとの開幕戦を熱望してきたチョウ監督は、逆転で喫した黒星に悔しさをにじませながらも、レッズ戦から得た手応えを今シーズンの戦いの指針とすることをあらためて誓った。

「『絶対』というものがないと勝負することはできない。次の試合へ向けて違ったことをするようでは、チームに『絶対』は残らない。僕は『絶対』というものを譲りたくないし、選手たちに『絶対』を実践させたうえで勝たせてあげたいし、勝ってもらいたい」。

カウンターは「絶対」の一項目にすぎない。究極の型は攻守両面で常に数的優位な状況を作り続けること。そのために豊富な運動量を前面に押し出し、守備から攻撃、攻撃から守備へ相手よりも素早く切り替える。攻撃に移るときには勇気を持って縦パスを入れる。ゴールを守るのではなく、ボールを奪いにいく――。「絶対」の頂にのぼりつめるまでの道筋ははっきりと見えているし、そのための準備も十二分に積み重ねてきた。

戦いは11月まで続く。荒波は覚悟の上。打ちひしがれている暇はない。J1の舞台でも眩(まばゆ)い輝きを放った18秒間をさらに磨きあげ、痛感させられた足りない部分を補いながら、ベルマーレは航海を続けていく。

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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。