迫るレッズとの開幕戦を前に、湘南ベルマーレ・遠藤航が胸に秘めた決意に迫る

Jリーグを代表するビッグクラブ、浦和レッズから届いたラブコール。このオフも多くの選手が「赤い悪魔」へ移籍したなかで、湘南ベルマーレのDF遠藤航はあえて残留を決めた。好条件を断り、愛着深いチームで2年ぶりのJ1に挑む22歳のホープの心境を追った。

レッズの補強が「画竜点睛を欠く」理由

画竜点睛を欠く――。このオフのレッズの補強戦略を振り返ると、最後の詰めが甘いことを例える、中国の南北朝時代の故事に由来することわざがピタリと当てはまるといっていい。

スロベニア代表としてワールドカップ南アフリカ大会にも出場したFWズラタン(前大宮アルディージャ)を筆頭に、新たに加わった選手は総勢11人。オフの主役を演じたことは間違いないが、最大のターゲットにすえていた選手がその中に含まれていないからだ。

3年契約で年俸総額が1億円(推定)に達するオファーを受けた遠藤は熟慮を重ねた末に、昨年12月上旬の段階でベルマーレに残留することを決断している。

金銭条件やACL常連組という環境を考えれば、レッズへ移籍したほうがベターだったかもしれない。実際、心が大きく傾いた時期もあった。それでもベルマーレを選んだ理由を、遠藤はこう明かす。

「J1昇格やJ2降格をともに経験した仲間たちと、もう一回J1で一緒にプレーしたいという思いが自分のなかにあった。一番の決め手はそこですね」。

レッズの本気度を物語る指揮官の交渉出馬

ベルマーレのユースで育った遠藤は、反町康治監督(現松本山雅監督)のもとでJ1を戦った2010年シーズンに2種登録選手(神奈川県立金井高校3年生)としてデビュー。翌年から正式にトップチームへ昇格した。

3バックの右と中央、4バックのセンターバック、そしてボランチ。守備的なポジションのすべてでプレーできるオールラウンダーとして年代別の日本代表に名前を連ねる遠藤は、2016年のリオデジャネイロ・オリンピック出場を目指すU‐22日本代表の常連であり、ゲームキャプテンを務めることもある。

J2を戦った昨シーズンは3バックの右から攻撃にも積極的に絡み、7ゴール3アシストをマーク。22歳という若さを含めたすべての可能性がレッズから高く評価されたことには、遠藤自身も「オファーがきたこと自体は素直にうれしかった」と振り返る。

優勝を争っていたシーズンの大詰めだったにもかかわらず、レッズとの交渉ではミハイロ・ペドロヴィッチ監督も同席。指揮官自らU‐22日本代表と同じボランチでの起用を熱く説いたことからも、本気度が伝わってくる。

心に響いたキャプテン永木亮太の熱い言葉

移籍か、あるいは残留か。毎日のように心が大きく揺れた時期には、ベルマーレの強化担当者に「しばらく放っておいてください」とお願いしたこともあった。

ターニングポイントは昨年11月下旬。キャプテンのMF永木亮太たちと食事をした席だった。J1の強豪クラブから届いた3年契約のオファーを断り、ひと足早くベルマーレ残留を決めていた永木は、思い悩んでいる遠藤にこんな言葉をかけた。

「一緒に『湘南スタイル』を深化させていこう」。

2012年から指揮を執るチョウ・キジェ監督のもと、追い求めてきたサッカーはいつしか『湘南スタイル』と命名された。選手たちが「進化」ではなく「深化」という言葉を好んで口にするのも、自分たちが成長することで愛着深い湘南エリアにベルマーレという存在をもっと、もっと根づかせたい思いが強いからだ。

苦楽をともにしてきた仲間たちと共有する原点をあらためて確認したとき、遠藤の心は決まった。お金よりも環境よりも、いまはベルマーレでプレーすることがベストの選択。不思議と迷いはなかった。

ベルマーレ残留を決める過程で芽生えた覚悟

横浜市立南戸塚中学3年生のとき、サッカー部の顧問がベルマーレ関係者と懇意にしていた関係でユースに入団した。遠藤が出場した試合を視察に訪れ、「ウチにこないか」と実際に声をかけたのは、当時ユースを指導していたチョウ監督だった。

永木だけではない。育成組織出身のMF菊池大介やMF古林将太も、J2降格を味わわされた2013年シーズンの悔しさを晴らしたいと腕ならぬ足をぶしているし、2014年シーズンを柏レイソルでプレーしたFW高山薫も復帰を決めた。

しかし、そうした縁や仲間たちの絆の強さだけで残留を決めたわけではない。遠藤からこんな言葉を聞いたことがある。

「ベルマーレは自分にとって成長できる場所です。だからといって、レッズで成長できないと思っているわけではないんです」。

成長できるかどうかは自分次第。常日頃から掲げる視線の高さが、最終的には問われてくる。サッカー人生で初めて移籍オファーを受けたからこそ、今シーズンにかける遠藤の思いはさらに強くなった。

「断って残留した覚悟も問われてくる」。

レッズとの開幕戦へ感じる運命と武者震い

手を伸ばせばA代表に届くレベルにまで近づいたと、自分自身の現在位置を分析する。将来は海外でのプレーも思い描いているが、残留を決めるまでの過程で心を震わされた言葉にも出会った。

「オレは『湘南スタイル』で日本のサッカーを変えたいんだ」。

ベルマーレと重ねた話し合いのなかで、チョウ監督は遠藤にこう訴えたという。記録的な独走でJ2を制した昨シーズン。「常にJ1で戦うことを考えながら、内容にもこだわってきた」と振り返る遠藤の心に、壮大な目標が刻まれた瞬間だった。

3月7日の開幕戦では、ホームにレッズを迎える。カードが発表された瞬間に遠藤が感じたのは、数奇な運命と武者震いだった。

「やはり意識しますけど、すごく楽しみな気持ちのほうが強いですね。レッズに勝てば波に乗れると思うので」。

個人的な目標として、ゴールとアシストの合計を「15」に設定した。「湘南の若大将」というニックネームでサポーターからも愛される男は、日本中を驚かせる光景を思い浮かべながら、開幕へ向けて心技体を高めていく。

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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。