冬になると、お風呂での突然死のニュースをよく耳にする。その原因のひとつといわれるのが、「ヒートショック」。いちばんリラックスしている入浴時に頻発するこの現象を防ぐには、どんな対策をとればよいのだろうか? 住宅のプロフェッショナル・積水化学工業に聞いてみた。

死者数は交通事故死者の約4倍

そもそもヒートショックとは、急激な温度変化で身体がダメージを受けること。例えば、冬場の入浴の場合、温かいリビングから寒い廊下を通って脱衣所で服を脱ぐ。この間、体が冷えるため、血管が縮んで血圧はグングン上昇する。ところが湯につかると血管が広がって血圧は急下降。このように血圧が乱高下することにより、心臓に負担がかかり、心筋梗塞や脳卒中などが起こるのが、ヒートショックだ(日本医師会HPより)。ある調査によると、ヒートショックによる死者数は年間1万7,000人(※1)で、年間の交通事故死者数(4,373人/※2)の約3.8倍にも上る。

この現象について、住宅の快適性に詳しい積水化学工業 住宅カンパニー 商品開発部 商品企画部 環境・快適住宅推進グループ グループ長で一級建築士の資格を持つ太田真人さんに聞いた。

積水化学工業 住宅カンパニー 商品開発部 商品企画部 環境・快適住宅推進グループ グループ長 太田真人さん

太田さん「部屋と部屋の間の温度差が大きいとヒートショックを起こしやすくなります。我々はこの部屋間の温度差を「暖差」と名づけ、「暖差」が引き起こす健康上の危険性を「暖差リスク」と呼んでいます。浴室、脱衣洗面室、トイレは、どこもリビングとの暖差が大きく、ヒートショックを起こしやすい場所です。特に浴室では、リビングとの暖差が10度以上になりますから、高齢の方や心臓・血管の弱い方にはかなりの負担がかかる場所といえるでしょう」

--1軒の家の中で、どうしてそんな暖差が?

太田さん「日本の住宅は、高温多湿の夏でも木材が傷まないように、通気性を重視して作られています。ただしその分、冬は熱が逃げやすく、私たちの調査でも、多くの方が『暖房を入れても冬は家の中が寒い』と答えています。リビングなどには壁掛け式エアコンがありますが、浴室やトイレ、廊下までは温められませんよね」

--たしかに、ふだん人がいない場所にエアコンをつける余裕はありません

太田さん「それに、エアコンを使っても、暖気は上に集まりますから、足元は寒いままという状況がよくあります。床暖房は床面を温めますが、空気まではなかなか温まりません。そこで、この問題を根本的に解決しようと、2004年頃から『冬でも寒くない家をつくる』ための新たなプロジェクトを立ち上げたのです」

温かい家作りのカギは床下に - 積水化学工業の取り組み

太田さんたちが取り組んだのは、暖差リスクを最小限にするために「熱を徹底的に逃さないこと」と「人のいない場所まで確実に温めること」。

太田さん「積水化学工業は、工場で生産したユニットを組み上げる『ユニット工法』を得意としています。この方式ですと気密・断熱性を高めることができるので、いわば”魔法瓶”のような、熱を逃しにくい構造の家がつくれるのです。しかしどんなに気密・断熱性を高めても、足元が温まらないと冷えを感じてしまいます。そこで注目したのが床下でした」

--床下って、普通は何もないですよね?

太田さん「その通り、何もないからこそ使える、と考えたのです。住宅の下には『基礎』というコンクリートの土台が埋まっています。これまでの家では、基礎を線状に作る『布基礎』という形式の家が多かったのですが、それでは地面を伝わって冷気が出入りしてしまうというデメリットがありました。そこで私たちは、基礎を箱状にする『ベタ基礎』を採用した上 で、その内側に断熱材を敷きつめ、冷気をシャットアウトしたのです」

積水化学工業の取り組みを語る太田さん

--家の底まで魔法瓶にしたんですね

太田さん「これを『躯体(くたい)断熱』というのですが、せっかく床下の構造を変えたので、そこにもうひとつ仕掛けをして、家中を一気に温めてしまおう、と」

--家中を温める”仕掛け”?

太田さん「床下に巨大なエアコンを設置して、そこからダクト(配管)を通じて、温風が室内にどーっと吹き込むようにしたのです。この『全館空調』システムによって、温風を床下にも巡らせるので、リビングだけでなく、洗面所や浴室、トイレまで全室が温かくなりました。冬なら室温も床面も21度くらいにキープできるので、はだしで歩いてもひやっとしないんですよ」

それだけ大きなエアコンだと電気代が心配だが、太田さんによると、不在時や人のいない部屋では人感センサーの働きで自動的にキープ運転に切り替わるので、ムダな電気代はかからないそう。さらに、値段の安い深夜電力を効率よく利用することで、家中どこにいても、24時間快適に過ごせるようになっているという。

--これらの設備はどのような層に需要が?

太田さん「暖差リスクを最小限にして、ヒートショック対策も期待できる躯体断熱や全館空調ですが、これから家を新築する30~40代に人気があります。『ずっと住む家だし、壁掛け式エアコンを設置するよりも得だし、快適だから』と、新築する方の約60%は導入を決めてくださいますね。リフォームの際に入れることもできますが、新築時の方が簡単に工事できますし、後々の工事費や電気代を考えると、かなりリーズナブルなのです」

手軽にできるヒートショック対策

廊下や浴室の暖差には悩まされるものの、今すぐ家を建て替えるのは難しい。そこで太田さんに、手軽にできるヒートショック対策を教えてもらった。

太田さんに「手軽にできるヒートショック対策」を聞いた

太田さん「家の中で熱の出入りがもっとも多いのが窓ですから、カーテンレールはできるだけ高い位置に設置し、カーテン自体も床につく長さにして、窓をしっかりカバーしましょう。天井から床までをカーテンで覆うと、インテリアにも高級感が出るのでお勧めです」

--お風呂やトイレはどうしたら?

太田さん「お風呂はヒートショックが起こりやすいところの第1位ですから、暖房器具を設置するのがベストです。バスタブに給湯するときはシャワーを使うと、入浴前に室内の空気を暖めることができます。トイレでは、最近は本体から温風が出て足元や室内を暖められる『暖房機能付き便座』というものがあります。元の便座を外して付け替えるだけなので、プチリフォームとして取り入れるとよいですね」

手軽な対策はいろいろあるものの、やはり家全体がヒートショックに対応しているのが一番ラクそう。この先家を建てる予定があるなら、暖差リスクに考慮して、体に優しいシステムを備えておくのが得策かもしれない。

<参考>
※1 東京都健康長寿医療センター研究所「2011年・入浴中の心肺機能停止者数

※2 全日本交通安全協会「平成25年中の交通事故死者数