原油価格が1バレル=40ドル台で推移している。昨年夏場まで100ドル前後だったので、そこから50%以上の下落ということになる。
原油価格の下落はエネルギーコストの低下を通じて総じて経済にプラスに作用する。先ごろ発表されたIMF(国際通貨基金)の世界経済見通しアップデートによれば、原油価格が前提を60%下回り続けると、2015-2016年の世界経済の成長率は0.7-0.8%押し上げられるという。
もっとも、原油安の影響は国によって異なり、原油輸入国の経済にとってプラスでも、原油輸出国の経済にとっては大きな打撃だ。また、IMFによれば、原油安が世界経済に与えるプラス効果は、期待成長率の低下に伴う投資の抑制効果によって十分以上に相殺されるらしい。実際、2015年の世界経済見通しは昨年10月時点より0.3%ポイント下方修正されて3.5%となっている。
原油輸入国にとっても、原油安は必ずしも歓迎すべきことばかりではない。ガソリンなどエネルギー価格の下落を通じて、消費者物価に大きな下押し圧力が加わるからだ。とりわけ、物価目標達成やデフレ回避に呻吟している日本やユーロ圏の中央銀行にとって大きなストレスだろう。
ECB(欧州中銀)が内部の反対を押し切ってまでQE(量的緩和)に邁進したのも、原油安の影響で昨年12月の消費者物価が前年比マイナスとなったことが大きかっただろう。消費者物価のマイナスは、リーマンショックの後遺症が色濃く残る2009年10月以来のことだった。
ECBに先んじる形で、1月15日にはスイス中銀がスイスフランの対ユーロでの上限を撤廃し、同時に利下げに踏み切っている。さらに、19日にはデンマーク中銀が預金金利のマイナス幅を拡大させる形で利下げを行い、20日はトルコ中銀が、21日にはカナダ中銀がやはり利下げを実施している。カナダ中銀の利下げは相当な「サプライズ」だったが、産油国でもあるカナダにとっての原油安の悪影響を強く懸念した結果だったのだろう。
日銀は20-21日の金融政策決定会合で金融政策を据えおいた。ただ、昨年10月に発表した「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」では、「(消費者物価の前年比は)2015年度を中心とする期間に2%程度に達する可能性が高い」としていたが、今回の中間評価では「原油価格の大幅低下の影響から、2015年度にかけて下振れると予想される」と修正された。黒田総裁は「2%達成が困難なら躊躇なく対応する」とも語っており、日銀が追加緩和に踏み切る可能性は高そうだ。
そうした中で、米国経済の一人勝ちの様相が強まっている。原油安は同国のシェール産業には打撃だろうが、それ以上に経済の7割を占める個人消費がガソリン価格の低下により恩恵を受けるからだ。FRB(連邦準備制度理事会)は今年中に、早ければ年半ばごろに利上げを開始すると引き続きみられているようだ。先進国の中でも景気が際立って好調なことに加えて、消費者物価の中でも、エネルギーと食料を除く「コア」を重視しており、原油安による物価下振れをあまり心配しなくて良いという「技術的な」理由もある。
ただ、周囲の状況に関係なく、米国が粛々と独自の金融政策を進めていくには、世界の経済や金融市場はあまりにも密接にリンクしている。米国の金融政策の先行きにも紆余曲折が予想される。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフ・アナリスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフ・アナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。