北欧のノルウェーというと、日本とはかけ離れた文化が息づく国のように感じますが、「魚料理を熟知している」という意外な共通点を教えてくれたのが世界的に活躍するフードライターのアンドレアス・ヴィエスタッドさんです。魚介が豊富なノルウェーでおいしい魚の食べ方を研究するアンドレアスさんは、日本の「なれずし(魚と米を発酵させたもの)」に興味を持ち来日して以来、すっかり日本の食が気に入り、定期的に来日するようになりました。今回はカメラマンのメッテさんも同行し、日本の食を本格的に取材したそうです。類まれな食への好奇の持ち主に「天職」とも言える今の仕事について聞きました。
■これまでの仕事の経緯を教えてください
僕は10歳から週に1度、家族の食事を作るようになりました。料理だけでなく、必要な材料をリストにして買い物をするところから始めました。料理をしていると、同じものを作っても、なぜか同じ味に仕上がらないことがあります。「どうしてだろう?」と子供心に思いました。そこで実験をするんです。肉は高い温度で焼くのと、低い温度で焼くのとではどんなふうに違うのか、玉ねぎはみじん切りにしてソテーするのと、大きく切ってソテーするのとでは味は変わるのか? 誰でもそんな好奇心があるはずです。そうした積み重ねで、12歳のときには最高においしいチキンの調理方を編み出しました。茹でるとしっとり仕上がるけど鶏の味は抜けてしまうし、ローストすれば味はあってもパサパサになる。そこでホイルで包んで15分くらい焼いてみたら味もよく、しっとりとしたチキンになったのです。
大学ではメディアを専攻しました。世界の文化に興味をひかれ、なかでも食べ物について掘り下げ、書くことは意味のあることであり、調理の歴史は人間の歴史に通じるのではないかという思いに駆られ、在学中からライターを始めました。そのためにはいろいろなものを食べなければいけないでしょう? 行きたいレストランに行くためにはお金を惜しみたくなかったから、学生ローンを組んだのです。文学に例えると、難解なジェイムズ・ジョイスから、楽しく読めるマルグリット・デュラスまで知っていてこそ文学を語れる。食についても、安くておいしいものだけでは…例えばヤキトリがいくらおいしくたって、高級なレストランの味を知らなければ、食を知っているとは言えないと思ったんです。
そうして、地元紙やワシントンポストに寄稿するようになり、テレビにも出るようになりました。僕がホストを務める「ニュー・スカンジナビア・クッキング」という料理番組は放映回数100回を超えています。また、オスロには共同レストランも経営していますし、コンサルタント業もしています。「フッティルーテン」というノルウェーの沿岸を巡るクルーズ船のメニューも監修していますが、この船には日本からの観光客も多いと聞いていますよ。
■現在のお給料は以前のお給料と比べてどうですか?
大学時代からこの仕事を続けて、幸運なことに仕事が絶えたことはないのです。ですので、年収はかなりあります(笑)。日本人の平均年収はいくら? うん、10倍はあるかな(笑)。
■今の仕事で気に入っているところ、満足を感じる瞬間は?
キッチンとコンピュータを行ったり、来たりしているときです。料理しながら、物を書くのが一番楽しい。あとは、いろいろなところに旅をして、知らない味を探し当てたときがこの仕事をしていて一番嬉しいときです。今回、日本で見つけたおいしい味は焼き鳥屋で食べた「ギンナン」、銀座の日本料理店で食べた「鳩の脳味噌」、福井県の人に紹介された「塩うに」です。
■逆に今の仕事で大変なこと、嫌な点は?
英語のことわざに「まともな弁護士なら、自分のことで訴訟は起こさない」というのがありますが、僕の場合はまともな人間なら自営業はやらない…ってとこかな。仕事が多くても文句を言えないし、だからと言ってやらないわけにもいかないしというフラストレーションを感じるときはあります。
■ちなみに、今日のお昼ごはんは?
今日は銀座の「小熊」という日本料理のお店に行きました。熟成肉や熟成刺身が有名と聞き、興味津々だったのですが、シェフに「なれずしが大好き」と話したら、なんとこっそりコースにはないなれずしを出してくれたんです。そして、週に2回は自宅でローストして食べるくらい好きな鳩も出ました! しかも食べたことのない脳味噌も! すばらしい体験でしたね。
■日本人のイメージは? あるいは、理解し難いところなどありますか?
知識豊富でフレンドリーというイメージです。ただ、ダラッとするのは苦手そう。たまにはダラッとしてくださいね。
■休日の過ごし方を教えてください。
オスロの自宅で妻や3人の子供たちと過ごします。一緒に料理をしたり、森にきのこを採りに行ったり、ベリーを摘んだり、ガーデニングをしたりします。
■将来の仕事や生活の展望は?
うーん、今まで順調すぎるくらい、順調だったので将来にはあまり希望が持てない(笑)。あとは下降していくばかりかな、なんて。正直なところ、自分が自分のボスとして働いていると、そんなことを考えずにはいられないんですよ。前向きな展望は…そうだ! トマトを100種類くらい栽培して、その違いを目と舌で確かめたいです!
写真:Mette Randem(メッテ・ランデム)