東急東横線白楽駅西口改札を出て徒歩約10分。まず目を引くのは店の看板である。「一部の人に理解される」「あなたが来ないと潰れちゃうお店」。……ここは何屋なのだろう。そんな店の名は「サリサリカリー」。いったいどんなカレーを提供してくれるのか。そして、この「一部の人に理解される」と正面からうたう理由とは何なのか。
ほろほろの柔らか鶏肉とクセになる刺激
恐る恐る扉を開けると、奥さんがお出迎えしてくれた。席に案内され着席。するとキッチンから、「オーダーはもう通っているからね!」という店主の声が聞こえてきた。この店にメニューはひとつしかない。そのため、客が来たと同時に店主は調理を始め、5分後にはアツアツのカレーが運ばれてくる。この店が一本で勝負しているメニューは、カレーとサラダ、チャイがセットとなった「スリーコースセット」(税込1,000円)である。
運ばれてきたそれは、想像していたものとは全く異なっていた。骨から自然と離れたであろう、ほろほろの柔らかい鶏肉の煮込みと、ふっくらと炊かれたご飯が平皿に盛り付けられていた。煮込みからはスパイシーな香りが漂う。見た目はずいぶんとオイリーな印象を受けるが、一見して"ただのカレー"ではないことが分かる。
実際に味わってみると嫌な脂っこさはなく、鶏肉の旨味が感じられるマイルドさ。タマネギの甘みも際立つ。また、スパイスも独特の苦味やきつさがない。やや辛口ではあるが、舌がヒリヒリする様な"辛味"ではなく一口食べたらもう一口欲してしまう、"クセになる刺激"といった感じ。見た目よりもとても優しい味に感動さえしてしまった!
実はこの「サリサリカリー」、横浜市商店街総連合会が主催する「ガチカレー2014」で見事73店舗の中から王座に輝いたほどで、その味はお墨付き。店主にこのカレーを作り出す秘訣を聞いたところ、「秘訣なんてないよ。工夫も何にもしてないもん」という一言が返ってきただけだったのだ。一体どういうことなのか?
そしてもう一言。「だた教えられた通りにじっくり煮込むだけ」。……教えられた通りとは??
パキスタンの母の優しさがなせる味
このカレーは、店主がパキスタンに在住していた際にお世話になっていた家のお母さんが作っていたものだそう。家庭料理のひとつで、それこそ塩しかなかった大昔から作られ、家ごとに母から子へと代々伝えられてきた。そんなカレーを店主は身体で覚え込んで日本に持ち帰り、そこに足すことも引くこともせず、忠実にその味を再現しているだけとのことだった。
優しい味に仕上がるもうひとつのポイントがある。それはスパイスの使い方。パキスタンではスパイスは漢方と同じで、食べる人の健康を気遣いながら調合するものだそう。母が家族の健康を気にして料理にスパイスを入れる。まさに、母の優しさが味となっているカレーなのだ。
そして、食後の絶妙なタイミングで提供してくれるチャイも同様。こちらにもジンジャーなどの身体が喜ぶスパイスが調合されている。べたついた甘みがなく、ジンジャーが口中をすっきりとさせてくれる。満腹になった後にも関わらず、何杯でも飲めてしまいそうだ。
「一部の人に理解される」「1,000年のカリー」とうたう理由がなんとなく理解できた気がする。いや、きっと"一部"に留まらず、もっと多くの人にも理解される味だろう。「サリサリカリー」とは、奇抜で異質な店のようで、実はとてつもなく壮大な歴史と文化が作り上げた母の優しさを提供する店だった。
※記事中の情報は2014年11月取材時のもの