前回、整備士の知られざる業務の実態をANA・ドック整備部の村田勇人さん(入社歴9年)にうかがった。そこでさらに、「整備士って一言で言うとどんな人ですか?」と質問したところ、「いい意味で"馬鹿正直"だと思います」という言葉が返ってきた。その"馬鹿正直"さとは何なのか? 日常生活のちょっとした時にも反応してしまう"職業病"も含めて、現役の整備士に聞いてみた!
工具はなくせない
村田さんに"馬鹿正直"だと思う一例を教えていただいたところ、「例えば、私たちは1万以上ある工具を使って整備をしていますが、安全管理のために工具の紛失は厳禁です。もしひとつでもなくなってしまったら、見つかるまでみんなでひたすら探します。工具をなくしてしまった場合、それが安全を損ねてしまう可能性がありますから」とのこと。
整備士はそれぞれに工具が貸与されており、工具箱にはいつも鍵をかけて管理している。個人が持つ工具は30種程度だが、業務で必要性が高いと思った工具は申請して追加することもでき、工具には全て名前と社員番号が記されている。実際、村田さんも申請を経て追加した工具があるようだが、工具が増えてもきれいに整理さているところに、整備士ならではの工夫が表れているような気がした。また、格納庫内には工具を管理している工具室があり、そこには1万以上の工具が用意されている。
ヘルメットでその人のキャリアが分かる
整備士に欠かせない道具のひとつがヘルメットだが、よく見てみると人によって色が異なる。ANAでは整備士歴1~2年目は黄のヘルメット、その後は白のヘルメットに紺のラインが入り、チーフ(アシスタントマネジャー)になると白のヘルメットに緑のライン、管理職者は白のヘルメットに黒のラインが入ったものを使っている。
また、ヘルメットの両サイドには、スキル区分と保有資格を表示している。例えば、整備記録を記した航空日誌に法確認のサインをする確認主任者のヘルメットには赤のしるしがある。保有資格に関しては、整備できる機種が略称で記されている。整備士を見かけることがあれば、ぜひヘルメットにも注目していただきたい。
整備そのもので言うと、パイロットの場合は特定の1機種を専属で操縦するが、整備士の場合は資格があれば複数の機種を整備することができる。整備士の資格を大きく分けると、各航空会社が設けている資格と国家資格がある。また、資格はいくつもの種類に分かれており、取得した資格によって扱える機種や業務範囲が変わってくる。
簡単に説明すると、社内資格には多機種にわたって軽微な作業・整備ができる資格のほか、整備作業の内容で異なる機種別の資格があり、そうした資格を取得した後に、整備士として国家資格を取得する。通常、1機種目の資格取得までには3~5年かかり、2機種目以降は8カ月~1年程度かかる。
村田さんは777、737、787の3つの資格をもっているが、整備士の中には7機種の資格をもつベテランもいるそうだ。ちなみに、村田さんが初めて取得した資格が777だったため、今でも一番思い入れのある機種は777だと言う。
日常生活でも数字が別の意味に変換!?
きちんと整理された工具箱にも整備士としての性格が表れていると思ったが、日常生活にも整備士ならではのちょっとした"職業病"はないのだろうか。
「暗いところを点検することがあるので、整備中はライトを腰のあたりに携帯しています。そのため、日常でも暗いところがあると、ライトがなくてもつい腰に手を当ててライトを探してしまいます。また、1万以上ある工具を使って整備をするので、忘れ物には敏感です。それは日常でもそうで、いつも忘れ物はないかチェックしていますね」(村田さん)。
さらに、整備には膨大なマニュアルがあり、それらの項目にはシステムごとにナンバリングがされている。そのため、整備の現場では数字を用いることが多く、数字は日常的にも意識に上りやすいそうだ。「野球選手の背番号などを見ると、ついマニュアルの数字をイメージしてしまいます。『24は電機系のエレキシステムだな』とか」(村田さん)。
そもそも整備士の中には純粋に飛行機が好きという人も多いが、飛行機のほかにも乗り物全般が好きという人も少なくない。ただ、その場合も着目点がちょっと違うようで、「例えば、『どこから入って整備をするんだろう』とか、『電気系統はどうなっているんだろう』などと考えることもあります」と村田さんは言う。また、飛行機に乗った時にも自然とシートの座り心地チェックをしてしまうそうだ。
整備士には、"ライン"と呼ばれる到着した航空機を出発までに点検・整備する「運航整備部門」や、"ドック"と呼ばれる飛行機を格納庫で定期点検・整備する「機体整備部門」など、主に4つの部門がある。飛行機が出発する際、手を振って見送りしてくれる整備士は"ライン"だが、"ドック"の村田さんはというと、整備した飛行機が格納庫から発つ度に、心の中で手を振って見送りをしているという。
また、村田さんは空港で自分が整備をした飛行機に再会した際、「今日も無事にお客様を送り届けている」と実感するとともに、整備士としてのやりがいを感じるそうだ。こうした整備士たちの想いも乗せて飛行機は日々運航されているということを次回のフライトの前にでも思い出していただければと思う。